八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
「じゃあ、自由時間にしようか。荷物を所定の場所に置くとか、好きにしていいよ。来た当日から働いてもらうのは申し訳ないから、ランチはデリバリー、夕食はデートしよう」

 デートという言葉を聞いて照れるものの、私は本来の目的を忘れては駄目だと思い、小さく挙手する。

「体力はありますので、ランチから働かせてください」

「でも、早く部屋を整えたいだろ? あ、そうだ。じゃあ、歓迎の意味も込めてランチは俺が作るよ」

「そんな……! 本末転倒じゃないですか」

 悲鳴に似た声を上げると、彼はクスクス笑う。

「料理のできない男と思われるのは心外だからね。君には料理をしてもらうためにうちに来てもらったけど、自分でやらないと腕が鈍るから、時間のある時はご馳走させてほしい。あと、掃除については上下階共にお掃除ロボットがあるし、業者さんと契約してるから心配しなくていいよ」

「……本当に料理を作るだけでいいんですか? もっと色々こき使ってくれてもいいんですよ?」

 私は店を救ってくれた恩人に、少しでも何かしたいと訴える。

「君に貸しを作ったからといって、威張り散らしてこき使うつもりはない。俺はビジネスとして店を買収したし、君の料理はそのついで。店だけ助けてもらった上に、ホテルで普通に働くだけでいいって言ったら、芳乃は納得しないと思った。……それに俺も、両親を誤魔化すための〝恋人〟ができて助かってるし。……過度に『恩があるから、なんでも言う事を聞かないと駄目』と思うのはやめよう?」

 優しく微笑んだ暁人さんを見て、私は溜め息をつく。

「……見返りらしい見返りを求めないなんて、聖人みたいな人ですね」

 それを聞き、彼はおかしそうに笑う。

「見返りなら十分にもらってるよ」

「え? ど、どんな?」

 目を瞬かせて尋ねると、彼はスッと顔を近づけてきた。

 キスされそうなぐらいの至近距離に、整った顔が接近したので、私は真っ赤になって後ずさる。

 すると暁人さんはクスクス笑って、「ナイショ」と言った。

 彼はポケットからスペアのカードキーを出すと、私に手渡す。

「鍵がないとエレベーターも動かせないから、なくさないように気をつけて」

「はい」

「駐車場は地下。タワマンじゃないけど、一応、出勤時にはエレベーターの待ち時間に気を付けて。あと、俺は出勤時は車だけど、芳乃は別途出勤してほしい。ここからホテルまでは歩いて三十分弱。自転車なら十分も掛からないと思う」

「じゃあ、自転車を買います」

「明日の日曜日、外商に家まで来てもらおうと思ってるんだ。君の服や靴、化粧品、生活雑貨とかを整えたいから。その時に良さそうな自転車も数台持ってきてもらおう」

「そっ、そんな……! 申し訳ないですから、自分で買います。キッチン周りはともかく、これからホテルで働く件については自分自身の事ですし」

「〝恋人役〟を忘れてない? 同棲するだけじゃなくて、デートもしないと、いざという時にそれっぽい雰囲気を作れないと思う。それに俺は恋人を甘やかして、色々買ってあげたいタイプなんだ」

「うう……」

 さっきから暁人さんにグイグイ押されてばかりだ。

 ――と、不意に暁人さんが自分の鎖骨の下を指でトントンと打って言った。

「それ、素敵だね」 

 言われて首元に手をやると、昔ある人から贈られた、有名ブランドのペンダントがある。

 ずっと当たり前につけていたけれど、改めて指摘されると懐かしい気持ちに駆られた。

「ありがとうございます。大切な物なんです」

「大切な物?」

 彼は目を瞬かせる。

「はい。恋人ではないんですが、私には価値があると教えてくれた人が、プレゼントしてくれたんです。渡米してくじけそうになった時も、このペンダントを見ると勇気づけられました」

 微笑んでペンダントの事を説明すると、彼は笑う。

「物を大切にする人なんだね。きっと、贈った人も喜んでいるんじゃないかな」

「……だったら、いいですね」

 そのあと、いつまでも立ち話をしていてはなんだからと、自由時間にする事にした。

 私は荷ほどきをして、あまり多くはない服をウォークインクローゼットに収めていく。

(こんなに立派なウォークインクローゼットなら、高級な服がズラリと並ぶべきなんだろうなぁ……)

 それに対し、私が引き出しにしまっているのは、少しくたびれたTシャツなどだ。

 ヨレヨレになった物は捨てているし、外に着ていっても恥ずかしくない服のはずなのに、この立派なウォークインクローゼットにしまっていると、なんだかとても恥ずかしくなる。

(〝外〟と〝中〟を合わせるって大事なんだな)

 そう思いながら脳裏をよぎったのはウィルだ。

 彼は自分に相応しい女性を婚約者にした。日本から来た一般人の私では駄目だったのだ。

 今なら比較的冷静に理解できるけれど、それでもあの仕打ちは酷かった。

(……決まった相手がいるなら、事前にちゃんと言ってくれれば良かったのに。好きだったから別れ話を切り出されたら傷付いたと思うけど、『家や会社のためにお嬢様と結婚しなければならない』と説明されたら、ちゃんと引き下がる事ができたと思う。……なのに私の事を一方的に迷惑な人扱いして……)

 思い出すと胸の奥がどす黒く染まってムカムカし、やりきれない想いに駆られる。

(不毛だから、あんまり考えないようにしよう)

 そう決めた私は、バッグからコードレスイヤフォンを出すと、それで音楽を聴きながら片付けを続けた。
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