八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
「大丈夫ですか?」

 白銀さんに声を掛けられた私は、ハッと我に返る。

「……は、はい」

 彼は少し沈黙し、何か考えたあとに口を開いた。

「失礼ながら、副社長からあなたと〝ターナー&リゾーツ〟のCOOとの間に、何があったのかは聞いています」

 私は羞恥を覚え、赤面すると唇を引き結ぶ。

 すると、彼は少し慌てて付け加えた。

「いえ、面白半分に噂話をした訳ではありません。あなたがこれから〝エデンズ・ホテル東京〟で気持ちよく働くための、ビジネス的な情報共有です。勿論、他の者には口外していませんから、お気になさらず」

「分かりました」

 安堵するものの、今の自分は動揺して冷静になれていないのを痛感した。

(駄目だ。何でもすぐ被害妄想的に捉えてしまう)

 それだけ、信じていた男性に裏切られたショックは大きかった。

(どうして私って、男性を見る目がないんだろう)

 そう思うものの、暁人さんについては自分の選択を「失敗」と言いたくなかった。

 少なくとも彼は私を害そうと思っていないし、神様のように三峯家を救ってくれ、そのあとも親切に接してくれた。

 感謝はすれど、恨む気持ちはない。

 恨むべくは、「そんな素敵な人に決まった相手がいない訳がない」と思えなかった自分の甘さだ。

(秋にはウィルが来る。白銀さんは、暁人さんのもとから離れるなと言うし……。どうしたらいいんだろう……)

 悩んでいた時、白銀さんのスマホが鳴った。

「失礼。副社長からです」

 彼は短く断りを入れると、電話に出る。

「もしもし、白銀です」

 通話が始まって早々、白銀さんは暁人さんから《急にいなくなるなよ》と文句を言われているようだ。

「はい。三峯さんと一緒にいます。彼女は安全ですのでご心配なく」

 彼は暁人さんの問いに答えたあと、とんでもない事を言った。

「私はこれから三峯さんとスイーツデートです。羨ましいでしょう。しばらく指を咥えて悔しがっていてください」

「えっ!?」

 これを〝デート〟など思っていなかった私は、ギョッとして白銀さんを見る。

 彼は仕えるべき主に暴言を吐いたあと、涼しい顔で電話を切ってポケットにスマホをしまった。

「あ……、あの……」

 そういえば、これから私たちはどこへ向かうんだろう?

 戸惑っていると、白銀さんは何でもないように言う。

「あぁ、行き先を言っていませんでしたね。渋谷に気に入りのカフェがあるので、そこでかき氷を食べましょう。奢りますよ。本当は今日、かき氷を食べるために外出していたんです。落ち込んだ時は甘い物を食べて気分を上げるに限ります。そのあと、またゆっくり考えるんです」

 クールな人と思いきや、意外とマイペースでスイーツ好きだ。

 今まで「少し恐い人」と思っていたけれど、この短時間で白銀さんへの印象がガラッと変わった。

 少なくとも、彼なりに私を気遣ってくれているのは分かった。

「ありがとうございます」

 白銀さんに親しみを感じた私は、彼と話し始めてから初めて微笑んだ。

「……今になって謝りますが、先ほど挑発したのは、あなたの本音を代弁したつもりです。私としても、三峯さんが置かれている状況には少し同情します。……でも、本当に好きだと思う相手なら、そう簡単に諦められるはずがないんです」

 そう言われ、確かに心の底にはまだまだ暁人さんへの未練が残っているのを自覚した。

 身を引いて引っ越し、彼と鉢合わせない場所で働いたとしても、神楽坂暁人という素晴らしい男性と過ごした日々は、一生忘れられないだろう。

 先ほどより少し冷静になった私は、今の自分の気持ちを確認しながら語った。

「白銀さんが私の気持ちを応援してくださっている事には感謝します。……でも、私はやはり人として不誠実な事はしたくありません。暁人さんに奥さんがいると知ってしまった以上、彼を受け入れられる気がしません」

「なるようになりますよ。それより、キャリアはあっても新人なんですから、必要のない新居探しでバタバタするより、仕事に集中してください」

「……そうですね」

 白銀さんの言う事を信じるなら、彼の言う事に一理ある。

 でも本当に、グレースさんはあのマンションに来ないんだろうか。

 考えていると、白銀さんは付け足した。

「三峯さんが〝気付いている〟事については、副社長から何か言われるまでは黙っていたほうがいいと思います。副社長も少し厄介な案件を抱えているので、余計な仕事を増やす事になりますから」

「分かりました」

 彼にはグレースさんの事を言わない。

 白銀さんと話してさらに混乱した事はあれど、一つの答えは得られた。

 やがて車は渋谷駅に到着し、私たちはフワフワでフルーツがふんだんに使われたかき氷を食べた。

「ごちそうさまでした」

「いえ、お付き合いありがとうございます」

 カフェを出たあと、白銀さんは「大人しく家に帰ってくださいね」とタクシー乗り場まで私を送ると、手に一万円札を押し込み、運転手さんにマンションの住所を告げた。



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