八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
(……帰って来てしまった)

 麹町のマンション前でタクシーを降りた私は、部屋に戻る前に気持ちを整理しようと思い、ロビーのソファに座ろうと思ってエントランスに入った。

 けれど、中にはすでに暁人さんがいて、難しい顔をして本を読んでいる。

(……待っていてくれたんだ)

 しばらく彼を見ていたけれど、読んでいるはずの本のページはまったく捲られない。

(心配かけてしまったなら、ちゃんと謝らないと)

 決意した私は、おずおずと彼に声を掛けた。

「……あの」

 小さめの声で話しかけただけで、暁人さんはハッと顔を上げ、本をテーブルに置くとツカツカと歩み寄ってくる。

「芳乃」

 あまりに勢いよく歩いてくるので、てっきり叱られるのかと思って私は身構える。

 けれど暁人さんはあと数歩というところで歩みを止め、大きく息を吐いた。

(向き合わないと)

 私は冷静さを欠いていた。

 それを認め、大人としての話し合いをしようと決める。

「……急に、すみませんでした」

「いや、俺も尾行してしまって悪かった。様子がおかしかったから心配したとはいえ、恥ずべき事だ」

 彼はそう言ったあと、冗談めかして尋ねてくる。

「白銀とスイーツデートだって?」

「ふふっ、美味しいかき氷をご馳走になりました。タクシー代までいただいてしまって……。後日お返ししないと」

「放っておいていいよ。彼は見た目からは想像しにくいけど、甘党なんだ。普段も一人でカフェ活しているそうだけど、やっぱり女性が多い店に男が一人で行くのは気が引けると行っていたから、話し相手がいて丁度良かったと思うよ」

「そうなんですね。可愛い一面もあるんですね」

 白銀さんを褒めたからか、暁人さんは少しつまらなさそうな顔をする。

 けれどすぐに気を取り直し、提案してきた。

「せっかくだし、どこかに食べに行かないか? もう夕食時だし、……腹が空いてたらだけど」

「喜んで」

 マンションに帰って、どんな顔で暁人さんに会えばいいのか分からなかった。

 でも実際話してみると、気を遣ってくれているのか、いつも通りに話せてホッとしている。

(白銀さんは、『副社長が不倫をしていたら困る』と言っていた。でも私には諦めるなと言った。……どんな事情があるのか分からないけれど、もう少し様子を見てもいい……の?)

 白銀さんは、とても忠実な秘書なのだと思う。

 三十代半ばで暁人さんのお兄さんみたいな立場だから、余計に彼に肩入れしているように感じられる。

 もしも二人とも、私が願っているように常識的な人なら、私の憶測が間違えている可能性もある。

(グレースさんは、奥さんじゃない? ……でもあの時、二人は指輪をしていた。遠目だったから同じデザインかは分からないけれど……。けど、私、どうしても暁人さんを悪い人だと思えない。同じように白銀さんの事も、とてもまともな人だと感じる)

 多分、私の知らない事実がまだ沢山あるのだと思う。

 そのすべてを知るまで、白銀さんが言ったように〝早まった行動はしない〟ほうがいいのかもしれない。


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