八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
 夕食は東京駅近くの居酒屋に入り、新鮮な刺身の盛り合わせや、定番ながら工夫の利いたメニューを頼んだ。

 個室だからかどこか居心地が悪く、私は食事に夢中になっているふりをして、ひたすら料理の話ばかりしていた。

「……面接……、は、どういうつもりだった?」

 けれど、とうとう尋ねられ、私は諦めて口の中の物を嚥下する。

 少し迷ったあと、言わないほうがいい事はぼかす事にした。

「……お借りしたお金を返すために、もっと必死にならないといけないと思ったんです」

 そう言うと、暁人さんは小さく首を横に振る。

「二億円は君個人に貸した訳じゃない。『みつみね』に出資して、ビジネスの話をし、契約したつもりだ」

「……はい」

 もっともな事を言われ、私は頷く。

「せっかく正社員として採用が決まり、周りの人たちからも期待されているんだ。ちゃんとフロントの仕事に集中してほしい。それに夜の副業は許可できない」

「……仰る通りです」

 副社長として言われ、私は改めて自分が感情的になって行動した事を恥じた。

 そもそも、考えが迂闊すぎた。

 日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟から銀座の店までは、線路を挟んですぐだ。

 下手をすれば宿泊客が店に来る可能性だってある。

 そんな事も思いつかず、勢いだけで行動してしまった私は、本当に大馬鹿だ。

 ホテリエである自分に誇りを持っていたはずなのに、無断で副業しようなんて、そもそもまともな社会人の考える事じゃない。

「……申し訳ございません」

 再度謝ると、暁人さんは溜め息をついた。

「責めたい訳じゃないんだ。どうして君が副業をしようと思ったのか、今の生活に何が足りないのか、ちゃんとヒアリングしたい」

 白銀さんには、まだグレースさんの事は黙っているべきだと言われた。

 なんと言うべきか考えていると、暁人さんはビールを飲み干し、ジョッキをテーブルに置く。

「俺の事を好きになってしまうから困る。……そう言って俺を拒んだ理由も分からない」

 あれは本音ではあるけれど、グレースさんの存在を知って絶望し、出て行こうとするのを誤魔化してとっさに出た言葉だ。

 でも白銀さんの言葉を信じるなら、物事にはタイミングがある。

(もう少し大人しく生活していたら、何か変わるかもしれない。……ひとまず、ウィルが来日する事もクリアしないとならないし)

 考え込んでいると、暁人さんは溜め息をついてドリンクメニューを手にした。

「……君が遠い」

 強い言葉で責められた訳ではないのに、彼の呟きはどんな刃物より鋭利に私の胸を刺した。



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 その後、ハッキリとした結論を出せないまま、私は暁人さんの家政婦をしながら〝エデンズ・ホテル東京〟のフロントとして働き続けた。

 罪悪感はあるけれど、マンションを出て行くには暁人さんを納得させる理由が必要だ。

 白銀さんが、グレースさんはマンションには来ないと断言した通り、七月に同棲を始めて十月になるまで、彼女が訪れる気配はなかった。

 暁人さんが誰かと連絡している姿を見て気にしてしまう事はあったけれど、聞き耳を立てたり、尾行したりは二度としないと自分に誓った。

 心の底に不安はあれど、暁人さんとの生活は優しく穏やかで、借金とグレースさんの存在さえなければ、まるで新婚生活を送っているようだ。

 暁人さんは相変わらず甘い物が苦手で、朝は寝癖で髪を爆発させて起きてくるところも可愛い。

 彼の足の甲にほくろを見つけた時は嬉しくなったけれど、「グレースさんも知ってるんだろうな」と思うと暗い気持ちになった。

 彼を知れば知るほど、どんどん欲が増していく。

 まるで恋の蟻地獄に嵌まって、身動きが取れなくなっている蟻のようだ。

 一つだけ変わったのは、以前のように体を求められなくなった事だ。

 グレースさんに申し訳ないから、もう絶対に暁人さんに抱かれたら駄目だと自分に言い聞かせたはずなのに、それを寂しく思ってしまう我が儘な自分を嫌悪した。

 好きになりたい。でも好きになってはいけない。

 二律背反の想いを抱いた私は、日に日に暁人さんへの恋慕を募らせていく。



 けれど十月下旬のある日、そんな想いをひっくり返すような出来事が起こった。



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