八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~

 面接時間の一時間前には日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟に着いた私は、三十分ほどロビーで客層やコンシェルジュ、フロントの対応を観察した。

 皇居ビューの五つ星ホテルだけあり、ロビーはとても上品、かつゴージャスだ。

 磨き抜かれた黒い大理石の床はまるで鏡のようで、壁は優しいクリーム色の大理石や白壁を用いて、温かみのある照明やゴールドのシャンデリアを反射している。

 フロントの後ろにある壁には組子細工が用いられていて、さりげなく日本らしさを演出している。

 ホテルマンはモカブラウンとベージュを基調にした制服を着ていて、宿泊客を前に品のいい笑みを浮かべていた。

(とても素敵なホテル。ご縁があったらいいな)

 ウィルに裏切られて、一時はホテル業界そのものが嫌になったけど、私はこの業界一筋で働いてきたし、いまさら別業種で働くのは現実的ではない。

 それにおもてなしの空気が漂うホテルに来ると、「やはりこの空間が好きだな」としみじみ思う。

 私たちホテルマンは、滞在するお客様に最高の思い出を作ってもらうためにいる。

 帰国してからずっと萎んでいた情熱が、再び私の中で火をつけ、花開こうとしていた。

 ロビーにあるラウンジカフェでは、神楽坂グループオリジナルの〝至高のK〟と呼ばれる超高級スイーツを提供している。

 高価なフルーツをふんだんに用いたケーキは、一切れだけで三千円前後する。

 事前に調べた情報だけでもワクワクしたし、ぜひこのホテルで働けたらと思った。

(……そろそろ時間だ。面接会場に行こう)

 腕時計を確認して立ちあがった私は、エレベーターに乗って上階に向かった。

 指定されたフロアに着くと、会議用の小ホールの前に『エデンズ・ホテル東京面接会場』という看板が立っていた。

 その前には受付テーブルがあり、女性が座っている。

「本日十一時から面接を予定しております、三峯芳乃と申します」

「お待ちしておりました」
 受付を済ませたあとは面接会場前の椅子に座り、スマホを開いてもう一度神楽坂グループの理念などを確認した。

 やがて私の前に面接を受けていた人が退室し、ほどなくして名前が呼ばれる。

「失礼いたします」

 入室した私は自己紹介をし、着席を促されてパイプ椅子に腰かける。

 そのあと本格的な面接が始まった。

 面接官は四人いて、真ん中に二十代半ばの男性と五十代の男性、両脇には三十代の男性と四十代の女性がいた。

 真ん中の男性はネットでも確認した、神楽坂グループの御曹司で副社長の暁人さんに違いない。

 彼はとても美形で、面接中なのについ見とれてしまいそうになる。

 キリリとした眉に二重の幅が広い大きな目。白目は少し青みがかって見えるほどで、黒目が引き立って目力がある。

 通った鼻筋の下にある唇は、少し薄めで潔癖そうだ。

 ビジネスマン風にカットされた髪は整髪料でセットされ、シルエットのいい濃紺のスリーピーススーツはオーダーメイドに違いない。

 五十代の男性はきっと支配人で、残る二人も何かしらの責任者だろう。

 緊張した私は背筋を伸ばし、まっすぐに面接官たちを見た。

「三峯さんは素晴らしい経歴をお持ちですね」

 物腰柔らかに微笑んだ副社長は、私の母校の名前を出し「私もその大学出身なんです」と言った。

「本当ですか? 偶然ですね」

 共通点が分かって少し緊張の取れた私は、副社長に求められて母校の思い出を語った。

 やがて話題は卒業後に勤務したホテル、そしてゴールデン・ターナーに及ぶ。

「なぜここまでのキャリアを持ちながら、帰国されたのですか?」

 そう尋ねられるのは想定済みで、私は動じずに答える。

「NYでも修行しましたが、私の根幹には子供時代に宿泊した、箱根の温泉ホテル〝海の(うた)〟の細やかなサービスに感銘を受けました。NYで華やかな世界に身を置いたのは良い経験となりましたが、『本当に自分がしたい事はなんだろう?』と考えると、やはり素晴らしいおもてなしのある、日本のホテルで働きたいと思ったのです」

 答えを聞いた副社長は微笑んで私を見つめ、しばし時間が経つにつれ、私は「何か変な事を言ったかな?」と不安になる。

(もし面接に落ちたら……)

 不安になった瞬間、ウィルに婚約破棄を言い渡されたショックや、父を喪った悲しみが襲ってきた。

 二つの悲しみに見舞われたあと、私は軽いパニック発作に襲われるようになった。

 ――駄目! こんな所で発作を起こしてる場合じゃない!

(面接だけは絶対に乗り切るんだ!)

 私は膝の上で拳を握り、ブルブル震わせる。

 押し寄せるのは二億の負債と、自分たち家族の閉ざされた未来。

 ――母は倒れてしまわないだろうか。

 ――弟は彼女とちゃんと結婚できるだろうか。

 凄まじい恐怖と不安が襲いかかり、私は顔を真っ青にして冷や汗を浮かべていた。
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