八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
 グレースさんはウィルにストーキングされていたと言うし、私が下手な尾行をしていたのはバレバレだったかもしれない。

 けど、銀座で見かけた時にすぐ暁人に言わなかったのは、私の体面を守ってくれての事なのだろう。

 隣に座った暁人は、私に微笑みかける。

「すべて終わったよ。ウィリアム・ターナーは破滅した。スカーレット・ジャクソンとの婚約は破棄され、ジャクソンホールディングスからの融資は恐らく白紙に戻る。彼は今後、グレースをストーカーし、ネットでも誹謗中傷していた事、その他諸々で訴えられる」

「うん……」

 暁人に言われ、私は曖昧に頷く。

 酷いフリ方をしたウィル、私を笑い物にしたレティに、やり返したいと思っていなかったと言えば嘘になる。

 でも本当に二人が破局し、あれだけ輝いていたウィルの人生が詰んだのだと思うと、なんだか罪悪感を抱いてしまう。

 暁人は表情から私の考えている事を読み取り、溜め息をつく。

「君はお人好しだな。別に彼は無一文になった訳じゃないし、多少の名誉は失うかもしれないけど、ターナー家には関係ないし、勘当されなければ今後もやっていけるだろう。万が一、勘当されたとしても彼なら貯蓄や資産はあるはずだ」

「そうだね」

 私は頷き、水を飲む。

 その時、グレースさんがニコッと笑って言った。

「ストーカー問題も片付いた事だし、暁人との〝なんちゃって結婚指輪〟はもう嵌めないわ。嫌な想いをさせてごめんなさい。ちなみにあれ、ネットで買った二千円ぐらいの物なの」

 グレースさんに言われ、私は「はい」と小さく笑う。

 それから彼女は提案してきた。

「もし良かったら友達にならない? 彼から少し聞いたけど、お店の経営が上手くいってなかったんですって? 良かったら初心者でもやりやすい、投資のやり方とか教えるけど」

 いきなり投資の話をされて目を瞬かせたけれど、彼女がグレース・パーカーと書かれた名刺を渡してくれ、「えっ?」と声を上げた。

「グレースさんって、投資家のグレース・パーカー……!?」

〝市場の女神〟と言われている有名人の名前なら、アメリカにいた時に嫌というほど聞いた。

 ただ、グレース・パーカーはテレビに出る時は音声のみだし、SNSで自分の顔写真を出さなかったので、どんな外見をしているのかまったく分からなかったのだ。

 本人いわく防犯対策だけれど、日本と違ってアメリカではSNSも本名でやり、自撮り写真なども抵抗なく載せる事が多いので、彼女は変わり者扱いされていた。

「す、凄い人と幼馴染みだったんだね……」

「蝉の抜け殻を集めて、ブローチみたいにつける人だけどね……。子供の頃、『これあげる』って掌いっぱいのワラジムシを出された時は泣いたな……」

 遠い目をして言った暁人の言葉を聞き、私は思わず噴き出した。

 その時、グレースさんが言った。

「今夜三人でディナーしない? 今は二人とも仕事中だし、あんまり引き留めたら悪いから」

「勿論、喜んで」

 承諾した私は彼女と連絡先を交換し、フロントに戻った。

「すみません。戻りました」

「お帰りなさい。……ジャクソン様がいらっしゃったから、裏手に行ったほうがいいですよ」

 木下さんに言われてエレベーターのほうを見ると、スーツケースを引きずったレティが足取り荒くこちらにやってくるところだ。

 ヒールの音を鳴らして大股に歩いてきた彼女は、私に気付くとフロントに向かってくる。

 覚悟を決めてビジネススマイルを浮かべると、レティは尊大に言った。

[私はチェックアウトするけれど、清算は同行人がするわ]

[かしこまりました]

[それじゃあ]

 立ち去ろうとする彼女に、私は一言いいたくて声を掛けた。

[お互い男運がなかったですね。あなたに幸運がありますように]

 彼女は振り向くと、少し私を見つめたあと首をすくめてホテルを出ていった。

 木下さんは隣で他のお客様の対応をしながら私たちのやり取りを聞いていたけれど、特に何も言わず、その気遣いに感謝した。

 これで問題はすべて片付いた。

 そう思っていたけれど、エレベーターから髪を乱したウィルが出てきた。

 彼の顔色は悪く、目は血走っていてあきらかに様子がおかしい。

 ウィルは周囲を見回したあと、フロントにいる私を見つけ、大股にこちらにやってくる。

(どうしよう)

 恐れを感じた私は体を強ばらせたけれど、逃げる訳にいかない。

(フロントとして、誠実に対応するしかない)

 覚悟を決め、ぐっとお腹の底に力を入れた時――。
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