婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
社交シーズン中ということもあり、令嬢らが集う茶会はもちろん、令嬢令息による社交の場としての会食も、週に一度ほどの頻度で開催されていた。
その日の主催はブライズ侯爵家であり、ミラジェーンと兄アドルフの二人で場を取り仕切っていた。
「さすがブライズ侯爵家……素晴らしいお食事ですわ」
先日の茶会同様、ミラジェーンの傍らに座っていたリサーナが目を輝かせた。
「ふふ、リサーナ様が教えてくださった精肉店に取り寄せを依頼いたしましたの」
「やはりそうでしたか。舌がとろけますわ……」
「お口に合いましたなら何よりです、レディ」
ミラジェーンの斜め前、席の中央に座していたアドルフが微笑むと、リサーナは頬を染めた。
「失礼いたしました……はしたないところをお見せしまして」
「とんでもない。我が家の料理人が腕を振るいましたので、喜んでいただけて何よりです。こちらのソースもおすすめですよ」
「あ、ありがとうございます……!」
途端に肉を小さめに切り分け始めたリサーナに、ミラジェーンは微笑みかけ、それから隣へ視線を向けた。
そこではエリオットが静かに食事を進めていた。
「エリオット様のお口には合いましたか。こちらのサラダと冷菜に使用しております野菜は、オリン公爵夫人にお願いして、オリン領の品を取り寄せておりますの」
「そうなんだ」
「はい。ご存じかとは存じますが、どれも新鮮で美味しくございますので、エリオット様もぜひお召し上がりくださいませ」
「う、うん」
エリオットの顔がわずかに引きつった。
ミラジェーンは微笑みを保ったまま続けた。
「……もし、得意ではないお野菜があれば、給仕の者にお申し付けくださいな」
「ああ、そうさせてもらおうかな」
ミラジェーンは軽く頷いてから給仕に声をかけ、エリオットの前に並んでいたサラダや冷菜を、自らの皿へそれとなく移させた。
「君はウサギかなにかか?」
先ほどより露骨に顔をしかめたエリオットに、ミラジェーンは自慢げにドレッシングのポットを手に取り、見せた。
「こちらのブライズ侯爵家秘伝のドレッシングがお気に入りですの」
「昔、ミラが野菜を苦手としていたころに、うちの料理人たちが用意した品だね。彼らの汗と涙の結晶だ」
アドルフの言葉に、ミラジェーンは焦ったような顔で振り向いた。
「嫌ですわ、お兄様。いつの話ですか」
「十年以上も前かな。エリオットくんも、リサーナ嬢もぜひ味わってくれ」
ミラジェーンは兄の気遣いに感謝しつつ、エリオットやその向こうに座する客人たちが穏やかに食事をする様子を確認していた。
ふと、エリオットの隣に座っていたインサラータ伯爵令息が顔を上げた。
「そういえば、ミラジェーン様は国政における予算管理も手がけていらっしゃいますよね。そちらは今後もお続けになるのですか?」
「いえ、お城でいただいている務めは、結婚を機に手放すことになりまして」
「そうなのですか。ブライズ侯爵父娘の手腕で、我が国の経済はここまで成長したとも言われておりますのに、残念ですね」
令息が本当に残念そうに言うので、ミラジェーンはぎゅっとフォークを握りしめた。
「そのように言っていただけて、父ともどもありがたく存じますわ」
アドルフが気遣わしげに視線を寄越したが、ミラジェーンはわずかに首を振った。
「ミラ嬢には我が家の財政管理に集中してもらいたいもので」
エリオットが口を開いた。
「彼女は確かに優秀だが、わたしが支えている部分も多い。これを機に、よりしっかりしてもらえればと」
ミラジェーンは素早く、アドルフの足を蹴った。
アドルフは小さく息を吸ってから、ナイフを握り直した。
「エリオットくんは、そういう考えなんだね」
底冷えのするような声に、エリオットの顔がわずかに引きつったが、アドルフの顔にはあくまで笑みが浮かんでいた。
「至らないところも多いかもしれないが、僕にとっては目に入れても痛くない可愛い妹だ。どうかよろしく頼みたいね。……そう思うのは僕だけではない。ねえ、ミラジェーン?」
「いやですわ、お兄様。私の心配より先に、ご自身とブライズ侯爵家の将来をご心配なさってくださいませ。そろばんとは結婚できませんのよ」
「父からも見合いを山ほど進められているんだけど、なかなかね……」
ようやく表情を弛めて軽口を叩くアドルフに、リサーナが笑って声をかけた。
ミラジェーンは安堵して、エリオットの様子をうかがった。
彼は何事もないかのように、肉をナイフで切り分けていた。
その向こうに座するインサラータ伯爵令息と目が合ったので、ミラジェーンは軽く微笑んだ。
「最近、お父様と事業を始められたとうかがいましたわ。隣国の商家と共同で行われているとか」
「さすがブライズ侯爵家のご令嬢。耳がお早くていらっしゃる」
「ふふ、実はオリン公爵夫人から伺いましたの。エリオット様もぜひ、お話をうかがいましょう」
「あ、ああ、ぜひ詳しくお聞かせ願いたい……」
食事会は、和やかに進んでいった。
その日の主催はブライズ侯爵家であり、ミラジェーンと兄アドルフの二人で場を取り仕切っていた。
「さすがブライズ侯爵家……素晴らしいお食事ですわ」
先日の茶会同様、ミラジェーンの傍らに座っていたリサーナが目を輝かせた。
「ふふ、リサーナ様が教えてくださった精肉店に取り寄せを依頼いたしましたの」
「やはりそうでしたか。舌がとろけますわ……」
「お口に合いましたなら何よりです、レディ」
ミラジェーンの斜め前、席の中央に座していたアドルフが微笑むと、リサーナは頬を染めた。
「失礼いたしました……はしたないところをお見せしまして」
「とんでもない。我が家の料理人が腕を振るいましたので、喜んでいただけて何よりです。こちらのソースもおすすめですよ」
「あ、ありがとうございます……!」
途端に肉を小さめに切り分け始めたリサーナに、ミラジェーンは微笑みかけ、それから隣へ視線を向けた。
そこではエリオットが静かに食事を進めていた。
「エリオット様のお口には合いましたか。こちらのサラダと冷菜に使用しております野菜は、オリン公爵夫人にお願いして、オリン領の品を取り寄せておりますの」
「そうなんだ」
「はい。ご存じかとは存じますが、どれも新鮮で美味しくございますので、エリオット様もぜひお召し上がりくださいませ」
「う、うん」
エリオットの顔がわずかに引きつった。
ミラジェーンは微笑みを保ったまま続けた。
「……もし、得意ではないお野菜があれば、給仕の者にお申し付けくださいな」
「ああ、そうさせてもらおうかな」
ミラジェーンは軽く頷いてから給仕に声をかけ、エリオットの前に並んでいたサラダや冷菜を、自らの皿へそれとなく移させた。
「君はウサギかなにかか?」
先ほどより露骨に顔をしかめたエリオットに、ミラジェーンは自慢げにドレッシングのポットを手に取り、見せた。
「こちらのブライズ侯爵家秘伝のドレッシングがお気に入りですの」
「昔、ミラが野菜を苦手としていたころに、うちの料理人たちが用意した品だね。彼らの汗と涙の結晶だ」
アドルフの言葉に、ミラジェーンは焦ったような顔で振り向いた。
「嫌ですわ、お兄様。いつの話ですか」
「十年以上も前かな。エリオットくんも、リサーナ嬢もぜひ味わってくれ」
ミラジェーンは兄の気遣いに感謝しつつ、エリオットやその向こうに座する客人たちが穏やかに食事をする様子を確認していた。
ふと、エリオットの隣に座っていたインサラータ伯爵令息が顔を上げた。
「そういえば、ミラジェーン様は国政における予算管理も手がけていらっしゃいますよね。そちらは今後もお続けになるのですか?」
「いえ、お城でいただいている務めは、結婚を機に手放すことになりまして」
「そうなのですか。ブライズ侯爵父娘の手腕で、我が国の経済はここまで成長したとも言われておりますのに、残念ですね」
令息が本当に残念そうに言うので、ミラジェーンはぎゅっとフォークを握りしめた。
「そのように言っていただけて、父ともどもありがたく存じますわ」
アドルフが気遣わしげに視線を寄越したが、ミラジェーンはわずかに首を振った。
「ミラ嬢には我が家の財政管理に集中してもらいたいもので」
エリオットが口を開いた。
「彼女は確かに優秀だが、わたしが支えている部分も多い。これを機に、よりしっかりしてもらえればと」
ミラジェーンは素早く、アドルフの足を蹴った。
アドルフは小さく息を吸ってから、ナイフを握り直した。
「エリオットくんは、そういう考えなんだね」
底冷えのするような声に、エリオットの顔がわずかに引きつったが、アドルフの顔にはあくまで笑みが浮かんでいた。
「至らないところも多いかもしれないが、僕にとっては目に入れても痛くない可愛い妹だ。どうかよろしく頼みたいね。……そう思うのは僕だけではない。ねえ、ミラジェーン?」
「いやですわ、お兄様。私の心配より先に、ご自身とブライズ侯爵家の将来をご心配なさってくださいませ。そろばんとは結婚できませんのよ」
「父からも見合いを山ほど進められているんだけど、なかなかね……」
ようやく表情を弛めて軽口を叩くアドルフに、リサーナが笑って声をかけた。
ミラジェーンは安堵して、エリオットの様子をうかがった。
彼は何事もないかのように、肉をナイフで切り分けていた。
その向こうに座するインサラータ伯爵令息と目が合ったので、ミラジェーンは軽く微笑んだ。
「最近、お父様と事業を始められたとうかがいましたわ。隣国の商家と共同で行われているとか」
「さすがブライズ侯爵家のご令嬢。耳がお早くていらっしゃる」
「ふふ、実はオリン公爵夫人から伺いましたの。エリオット様もぜひ、お話をうかがいましょう」
「あ、ああ、ぜひ詳しくお聞かせ願いたい……」
食事会は、和やかに進んでいった。