婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
「しっかし、どうしたものか」


 唸るエースに、若い秘書官は無表情のまま答えた。


「ブライズ嬢にお伝えし、婚約破棄をお勧めになっては?」

「……それでミラが幸せになれるならそうするけど」


 エースの長いまつげが、夏の日差しを受けて顔に影を落とした。


「ブライズ嬢の性格的に、知っていても飲み込みかねませんね。政略結婚なんてそんなものだと」


 秘書官の言葉に、エースは唇を噛みながら報告書をめくった。

 だからこそ、彼女の友人らはエースに報告を上げたのだ。

 ミラジェーンを不幸にしたくない一心で、入れ替わり立ち代わりエースのもとへ情報を持ち寄った。

 それを受けてエースが調査させたところ、想像をはるかに上回る酷い結果が返ってきた。

 エースは手にじっとりと汗をにじませていた。


「ブライズ嬢をまともにエスコートすらせず、彼女の手柄や手腕をすべて自分のもののように言いふらしているようです」

「刺してくる」


 秘書官は、エースの低く唸るような声を気にも留めず、続けた。


「さらに、ルーシー様がお勧めになったシミューズドレスを下品な品だと、着用のたびに貶し」

「めった刺しにしてくる」

「最近では、ブライズ嬢がお飾り令嬢のくせに登城していい気になっていると言いふらし、本人には『登城ばかりしていないで、オリン公爵家の次期夫人として母に教えを乞え』と、登城の妨げにもなっているようで」

「そうか、オリン公爵家の家系図を出してくれ。根絶やしにする」


 エースは真顔で腰を浮かせた。

 この場にいたのがミラジェーンの侍女であれば、素早くオリン公爵家の家系図と暗器を揃えて差し出しただろうが、実際にいたのはエースに長年付き従っている秘書官だけであり、それらが出されることはなかった。

 秘書官は淡々と、オリン公爵家の財務状況に関する報告書をめくっていた。


「以前よりさらに散財がかさんでいます。……エリオット氏が令嬢らに奢ったり贈り物をずいぶんされているようです」

「ミラにはドレス一つ贈らないくせにか。生かしておく価値はあるのかい?」


 エースは秘書官を睨みつけた。

 しかし秘書官は意にも介さず、エースを見返した。


「オリン公爵家の借金の返済と、その尻拭いをさせなければなりませんからね」

「ミラを巻き込んでね! 冗談じゃない」


 エースは報告書を机に叩きつけた。

 できることなら、この報告書を持って財務官用の執務室へ駆け込みたい。しかし、ミラジェーンは、


「さようですか」


 とだけ言って、自ら泥をかぶる可能性があった。

 どうすれば、彼女自ら婚約破棄を申し出るよう仕向けられるか。

 侍女が運んできた苦いコーヒーをすすりながら、エースは思案したが、なかなか良い案は浮かばなかった。

 そんなものがすぐに浮かぶのなら、オリン公爵家より先にミラジェーンへ求婚していたはずだと、エースは泣きたい気持ちで報告書を睨んだ。
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