婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

03.スミレとリンドウ

 ミラジェーンは父ブライズ侯爵とともに馬車で王城へ向かっていた。

 本日は業務の引き継ぎの日であり、彼女の頭は財務官に説明すべき事柄で満ちていた。

 しかし、難しい面持ちで座面を見つめる娘に、ブライズ侯爵は気遣わしげに声をかけた。


「ミラ、本日の予定だが、もし殿下となにか約束があるのなら……」

「そんなものありませんわ」


 冷たく言い放つミラジェーンに、ブライズ侯爵の表情はいっそう痛ましげなものとなった。

 ミラジェーンはあえてそれを無視し、今年度予算において注意すべき点へと思考を巡らせていた。

***

 王城に到着すると、ブライズ侯爵はまず国王への挨拶へと向かった。

 ミラジェーンは父と別れて財務官用の執務室へと足を運んだ。


「ミラ様が不在になるのはいささか心許ないですな」


 年配の財務官が渋い面持ちで年次予算の書類を差し出した。

 ミラジェーンが幼い頃より帳簿の見方を教えてきた熟練の財務官である。


「何をおっしゃいますの……と言いたいところですが、私も寂しいですわ」

「孫の顔よりミラ様のお顔の方が、この爺の目には焼き付いておりますからなあ」

「ふふ、たまにはお孫さんに会いに行かれてください。忘れられてしまいますわよ」


 穏やかな会話を交わしつつ、ミラジェーンが手がけた帳簿の内容を他の財務官も交えて確認していく。

 王城の財務官はブライズ侯爵家(ゆかり)の者が多く、彼女からすれば親戚の集まりも同然だった。


 ……しかし、その中に見慣れぬ顔があった。

 もちろん外部から試験を受けて入官する者もいるため、時折知らない顔がいること自体は不思議ではない。

 その青年はすらりと背が高く、淡い銀髪にアメジストの瞳を持つ少年であった。


「そこのあなた、お使いを頼まれてくれるかしら」

「お呼びでしょうか、ミラジェーン様」


 ミラジェーンは侍女を呼び寄せた。

 そして、あらかじめ用意させていた籠を少年に渡させた。


「このカゴを中庭の第三温室へ運んでいただける? スミレが見頃ですの。待てばリンドウも咲くのではないかしら」

「承知致しました、ミラジェーン様」


 少年は恭しく頭を下げ、執務室を辞した。

 ミラジェーンが振り向くと、先ほど最初に顔を見せた老財務官が苦笑していた。


「さすがでございます、ミラ様」

「あれで気づかれぬと思っている方がおかしいのです。しばし席を外します」

「行ってらっしゃいませ」


 ミラジェーンは早足で少年を追い、中庭へと出た。手前から三つ目の第三温室は、第二王子の密会に用いられる温室である。

 彼女が扉を開けた途端、ふわりとスミレの優しい香りに包まれた。

< 7 / 22 >

この作品をシェア

pagetop