雨のち花憑き
第一章
迷宮
目覚まし時計の無機質な電子音が、六月の気怠い空気を切り裂いた。
鈴花は、シーツの海から這い出し、重いまぶたをこすりながら窓の外を見やった。
「⋯⋯ん、⋯⋯今日も、降りそう」
予報では晴れだったはずだが、空の端には薄墨を流したような雲が、じわりと滲んでいる。
中学二年生になって二ヶ月。
新生活の緊張も解け、日常は穏やかな反復を繰り返しているはずだった。
けれど、ここ数日、鈴花の胸の奥には、正体の知れないざわつきが居座っている。
リビングに降りると、トーストの焼ける香ばしい匂いと、朝のニュース番組の音声が混ざり合っていた。
「鈴花、今日は日直でしょ? 遅れないようにしなさいよ」
「はーい」
母親の背中に返事をして、鈴花は急いで朝食を口に運ぶ。
制服のネクタイを整え、鏡の前で自分の姿を確認する。
どこにでもいる、普通の十四歳。
鈴花は玄関へと向かう。
靴を履き、ドアノブに手をかけた瞬間、ふと背筋を凍りつかせるような感覚に襲われた。
――雨の、匂いがする。
それも、ただの雨ではない。
数万年の時を越えて運ばれてきたような、古く、湿った、花の匂い。
けれど、そのまま外へと飛び出してしまった。