雨のち花憑き
神社の鳥居の前に立ち尽くす鈴花の頬を、雨上がりの湿った、けれどどこか清々しい風が撫でていった。
空を見上げれば、つい先刻までの暴風雨が嘘のように、雲の切れ間から燃えるような夕陽が差し込んでいる。
濡れたアスファルトが黄金色に輝き、道端の紫陽花に残った雨粒が、宝石のようにキラキラと光を反射していた。
「⋯⋯雨、やんでる」
呆然と呟いた声は、静まり返った境内に吸い込まれていった。
学校を出た時のあの絶望的な土降りも、視界を奪うほどの白い霧も、今は跡形もない。
ただ、自分の制服がぐっしょりと濡れて肌に張り付いている感触だけが、あの嵐が現実であったことを物語っている。
鈴花はふと、右手に重みを感じて視線を落とした。
「⋯⋯これ」
そこには、ビニール傘でも折りたたみ傘でもない、ずっしりと重い竹の柄の番傘があった。
和紙に刷り込まれた朱色は、沈みゆく太陽の光を浴びて、恐ろしいほど鮮やかに浮き上がっている。
指先で触れると、ざらりとした和紙の質感が指に伝わり、そこから微かに、あの冷徹で美しい青年――天満の、氷のような静寂が伝わってくる気がした。
そして、自分の肩。
そこには、クロが投げつけてくれた黒いストールが、今も暖炉のような熱を保ったまま掛かっている。
鼻を近づければ、古い香木の匂いと、獣の残り香が混ざり合ったような、不思議と落ち着く匂いがした。
「⋯⋯夢じゃ、ないんだ」
鈴花はストールをぎゅっと握りしめ、石段を降り始めた。
いつもの通学路。
いつもの曲がり角。
住宅街に入ると、近所の家々からは夕飯の支度をする包丁の音や、テレビのニュースが漏れ聞こえてきた。
あまりに平凡で、あまりに穏やかな日常の風景。
「ただいま⋯⋯」
玄関の扉を開けると、廊下の奥から母親の声が響いた。
「おかえり。あら、鈴花! ずぶ濡れじゃないの! 予報外れて大変だったわねぇ」
「あ⋯⋯うん。ちょっと、すごかったから」
母親が脱衣所からタオルを持って飛んでくる。
彼女の目には、鈴花が持っている番傘も、肩に掛けているストールも、「古臭い雨具をどこかで借りてきた」程度にしか映っていないようだった。
「その傘、どうしたの? 随分と立派な⋯⋯骨董品屋さんでも寄ったの?」
「あ、えっと⋯⋯神社で、貸してもらったの」
「へぇ、親切な神主さんねぇ。あとでちゃんとお返しに行きなさい
よ。さあ、風邪引く前に早くお風呂入っちゃいなさい」
背中を押され、鈴花は二階の自分の部屋へ駆け上がった。
濡れた制服を脱ぎ捨て、ハクとクロの、そして天満の気配が残る品々をベッドの上に並べる。
部屋の明かりを消すと、夕闇の中で朱い番傘が、まるで生きているかのように微かな光を放っているように見えた。
窓の外を見れば、再び小さな雨が降り始めていた。