親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜
20 まるで分身のようで(1)
昨日の嵐は嘘のように過ぎ去り、空はすっきりと晴れ渡っている。
昨夜は遅くまでみんなを待ち続けていたが、シエンナに「お嬢様がそんな疲れた顔をなさっていたら、殿下が帰ってきた時悲しみますよ」と諭され、しぶしぶベッドに入った。
しばらく寝付けなかったが、いつの間にか眠っていたようだ。
食欲はなかったが、部屋で遅い朝食をとる。
少しぬるくなったスープを口に運ぶが、あまり味を感じなかった。
(レノ様……)
もう数え切れないほどの溜息をつき、スプーンを置いた――その時。
「お、お嬢様っ、あちらをっ」
シエンナが窓の外を見て、声を上げる。
私も窓を覗き、そして、弾かれたように部屋を飛び出した。
「――レノ様っ」
宿から出た所で、目当ての人影に声をかける。そこには泥だらけになり、疲弊したレノ様たちの姿があった。
「……ティナ」
柔和な笑みを浮かべるレノ様の元に駆け寄る。
「……本当……に、ご無事で……よかっ……」
胸がいっぱいで、うまく声にならない。
「……あぁ、下山途中で嵐に遭遇してね……。幸い山小屋を発見して、そこで夜を明かしたんだ。……グレイが腕を負傷している、シエンナ、治療を頼めるかな?」
グレイさんの着衣は裂け、腕から血が滲んでいた。
「は、はいっ。グレイ様、こちらへ」
「あ、あぁ、申し訳ありません……」
レノ様に促され、シエンナがグレイさんを宿の中に連れていった。
「……はぁ、マジで死ぬかと思ったぜー」
「無事に到着して良かったですねぇ……」
先生もクリフさんもボロボロの格好で、安堵の表情を浮かべる。
「お二人もご無事で何よりです……」
「えぇ、ありがとうございます。私達は、これで少し休ませてもらいますねぇ」
「……疲れたー、腹減ったー……」
二人はふらふらとした足取りで宿の中へ入っていった。
先生たちの背中を見送っていると、レノ様に声をかけられる。
「目が赤いな。……心配をかけたな。すまない……」
私は慌てて首を横に振るが、涙が滲んできてしまう。
レノ様はグローブを取り、指の背で私の頬をそっとなぞる。
「……昨夜、真っ暗な小屋で……ずっとおまえのことを考えていた。だから、何が何でも必ず帰ろうと思えたんだ」
彼は黒い瞳を優しく細め私を見下ろす。その瞳には、どこか熱が宿っていて、心臓が壊れそうなほど高鳴った。
笑顔で出迎えるのも私の役目。そう言われたことを思い出し、ぎこちなく笑ってみせる。
「レノ様……。私も、ずっとお待ちしておりました……。おかえりなさい……」
「ティナ……、ただいま」
その時、レノ様の左肩に何かがモゾモゾと動いているのに気付いた。
(なんだろう? 茶色くて、モフモフして、なんとも可愛らしいフォルム…………)
「……って、クマケムシ!?」
私が突然大声を出したので、レノ様が面食らったように目を見開いた。
「は……クマケムシ?」
首を動かそうとしたレノ様を慌てて止める。
「あっ、レノ様、動かないでください。なぜかレノ様の肩に付いてるのですっ! わぁ、どこで付いたのでしょうか?」
必死にレノ様の肩にしがみついている毛虫を見入っていると、頭上から溜息が聞こえる。
「はぁ……、今ちょっと、いい雰囲気だったよな……?」
「え? 何でしょうか?」
「いや、なんでもない。……そういえば、メモリア峰でこれに似た茶色の毛虫を目撃したな。そこから付いてきたのか……?」
レノ様は顎に手を当て、記憶を辿る。
「でも、山頂には戻してやれないしな。ここに逃がすが、いいな?」
レノ様は肩のクマケムシを指で掬い、草むらに放そうとする。私は咄嗟に、その腕を両手で掴んで止めた。
「あ……っ、待ってください!」
「……? どうした?」
「いえ、その……」
吹き荒れる嵐の中、振り落とされないよう、ただ必死にレノ様にしがみついていた毛虫。
(……なんだか、私と同じだわ……)
レノ様が不在の間、不安で、怖くて、それでも彼が帰ってくることだけを信じてしがみつくように待っていた自分と重なる。
このクマケムシは、まるで私の分身のように思えた。
「この子を、飼ってもいいでしょうか……?」
「……え? 飼う?」
「はい! 責任を持って、立派なヒトリガに育て上げますので!」
レノ様は何度も瞬きをした後、眉尻を下げて困ったような呆れたような表情で笑う。
「……おまえの好きにすればいい」
そう言って、私の手のひらにクマケムシを優しく置いてくれる。
私はこの子が逃げないように、そっと手のひらで包み込んだ。
昨夜は遅くまでみんなを待ち続けていたが、シエンナに「お嬢様がそんな疲れた顔をなさっていたら、殿下が帰ってきた時悲しみますよ」と諭され、しぶしぶベッドに入った。
しばらく寝付けなかったが、いつの間にか眠っていたようだ。
食欲はなかったが、部屋で遅い朝食をとる。
少しぬるくなったスープを口に運ぶが、あまり味を感じなかった。
(レノ様……)
もう数え切れないほどの溜息をつき、スプーンを置いた――その時。
「お、お嬢様っ、あちらをっ」
シエンナが窓の外を見て、声を上げる。
私も窓を覗き、そして、弾かれたように部屋を飛び出した。
「――レノ様っ」
宿から出た所で、目当ての人影に声をかける。そこには泥だらけになり、疲弊したレノ様たちの姿があった。
「……ティナ」
柔和な笑みを浮かべるレノ様の元に駆け寄る。
「……本当……に、ご無事で……よかっ……」
胸がいっぱいで、うまく声にならない。
「……あぁ、下山途中で嵐に遭遇してね……。幸い山小屋を発見して、そこで夜を明かしたんだ。……グレイが腕を負傷している、シエンナ、治療を頼めるかな?」
グレイさんの着衣は裂け、腕から血が滲んでいた。
「は、はいっ。グレイ様、こちらへ」
「あ、あぁ、申し訳ありません……」
レノ様に促され、シエンナがグレイさんを宿の中に連れていった。
「……はぁ、マジで死ぬかと思ったぜー」
「無事に到着して良かったですねぇ……」
先生もクリフさんもボロボロの格好で、安堵の表情を浮かべる。
「お二人もご無事で何よりです……」
「えぇ、ありがとうございます。私達は、これで少し休ませてもらいますねぇ」
「……疲れたー、腹減ったー……」
二人はふらふらとした足取りで宿の中へ入っていった。
先生たちの背中を見送っていると、レノ様に声をかけられる。
「目が赤いな。……心配をかけたな。すまない……」
私は慌てて首を横に振るが、涙が滲んできてしまう。
レノ様はグローブを取り、指の背で私の頬をそっとなぞる。
「……昨夜、真っ暗な小屋で……ずっとおまえのことを考えていた。だから、何が何でも必ず帰ろうと思えたんだ」
彼は黒い瞳を優しく細め私を見下ろす。その瞳には、どこか熱が宿っていて、心臓が壊れそうなほど高鳴った。
笑顔で出迎えるのも私の役目。そう言われたことを思い出し、ぎこちなく笑ってみせる。
「レノ様……。私も、ずっとお待ちしておりました……。おかえりなさい……」
「ティナ……、ただいま」
その時、レノ様の左肩に何かがモゾモゾと動いているのに気付いた。
(なんだろう? 茶色くて、モフモフして、なんとも可愛らしいフォルム…………)
「……って、クマケムシ!?」
私が突然大声を出したので、レノ様が面食らったように目を見開いた。
「は……クマケムシ?」
首を動かそうとしたレノ様を慌てて止める。
「あっ、レノ様、動かないでください。なぜかレノ様の肩に付いてるのですっ! わぁ、どこで付いたのでしょうか?」
必死にレノ様の肩にしがみついている毛虫を見入っていると、頭上から溜息が聞こえる。
「はぁ……、今ちょっと、いい雰囲気だったよな……?」
「え? 何でしょうか?」
「いや、なんでもない。……そういえば、メモリア峰でこれに似た茶色の毛虫を目撃したな。そこから付いてきたのか……?」
レノ様は顎に手を当て、記憶を辿る。
「でも、山頂には戻してやれないしな。ここに逃がすが、いいな?」
レノ様は肩のクマケムシを指で掬い、草むらに放そうとする。私は咄嗟に、その腕を両手で掴んで止めた。
「あ……っ、待ってください!」
「……? どうした?」
「いえ、その……」
吹き荒れる嵐の中、振り落とされないよう、ただ必死にレノ様にしがみついていた毛虫。
(……なんだか、私と同じだわ……)
レノ様が不在の間、不安で、怖くて、それでも彼が帰ってくることだけを信じてしがみつくように待っていた自分と重なる。
このクマケムシは、まるで私の分身のように思えた。
「この子を、飼ってもいいでしょうか……?」
「……え? 飼う?」
「はい! 責任を持って、立派なヒトリガに育て上げますので!」
レノ様は何度も瞬きをした後、眉尻を下げて困ったような呆れたような表情で笑う。
「……おまえの好きにすればいい」
そう言って、私の手のひらにクマケムシを優しく置いてくれる。
私はこの子が逃げないように、そっと手のひらで包み込んだ。