くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
十三話
走り出した二人は男の子の指さす方へと向かう。
予想以上のスピードに、男の子はライの首に手を回して落ちないようにしがみついていた。
男の子の柔らかな白髪が風に揺られてくすぐったそうだ。
「そういえば君の名前を聞いていなかったな。私はアイビーだ」
「僕はライだよ」
「ぼく、リオン」
「あぁ。よろしく頼むよ。リオン」
市場から街道沿いに南下しながら互いに自己紹介を済ませた。
リオンと名乗った男の子は、ライに抱えられながらも必死にこっちからきたと指をさしている。
右や左に幾度となく折れ曲がっているのは何かから逃げていたからだろうか。
わずかに脳裏を掠めた違和感に、アイビーはリオンを盗み見る。
道案内をするリオンに迷いがない。
その姿がますます不安を助長させた。
(……何者かに終われた小さな子どもが、これだけハッキリと来た道を覚えているものか?)
アイビーは足を動かしながらも、連れてこられた路地に警戒を強める。
しかし、警戒とは裏腹に路地には何もない。
人が重なるように倒れていたり、浮浪者のたまり場になっておらず、ただ薄暗いだけだ。
同じ外観の建物が建ち並び、その間を縫うように走っていると、ようやくリオンが路地の外を指さした。
薄暗い路地を抜け、陽光の下に出る。
一瞬、明暗差に視界がホワイトアウトしてしまった。
光に焼かれた目を僅かに細めたその時。針のような殺気が脇腹に刺さる。
傷つけるために突き出された拳を手のひらで弾き飛ばした。
同時に懐へと潜り込み、胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
「ぐぅ」
聞き慣れない男の呻き声が聞こえ、アイビーは我に返った。
不審人物を取り押さえたのは条件反射だ。
視界が回復するよりも早く、体が動いた。
地面に叩きつけられた男は恨めしげにアイビーを見上げているが、知ったことではない。
アイビーは呻く男の背に馬乗りになり、両腕を押さえつける。
逃げ場を失った男は抵抗するのを諦めたのか、アイビーが跨がった段階で掴んだ腕から力が抜けていた。
アイビーは諦めの早さに呆れつつも、男の正体を掴もうと観察し始める。
(……妙だな)
男を見下ろしながら不躾に見ていくと、男のちぐはぐさに嫌でも目がいく。
小さく首の後ろで束ねられた茶髪は少し砂にまみれているが、ちゃんと手入れされているようで盗賊のように軋んではいない。
その上、盗賊のような服装をしているが、それの質は高く、ごろつきが手に入れられる品ではなかった。
押さえつける腕はほどよく鍛えられているし、手には長年消えていないような剣だこが自己主張している。
(傭兵、いや騎士か?)
アイビーが眉を顰める。
仮に目の前の男が騎士だとして、アイビーには騎士に狙われるような覚えがない。
内心首を傾げていると、ライが驚いたようにアイビーの上から男を覗き込んだ。
「なにしてるの、ガッセ」
「へ、陛下……そのお姿は……?」
「騎士団長の君があっけなくやられるなんて、びっくりだよ」
「騎士、団長……っ!?」
耳に届いた単語に、アイビーは目を丸くする。
地面に伏している男――ガッセとライを交互に見やり、アイビーはさっと顔を青くした。
ライの腕の中のリオンですら、この状況が飲み込めないと言わんばかりに目を見開いている。
リオンの愕然とした表情に、冷や汗が背筋を伝った。
アイビーはぱっとガッセから跳ね退く。
「す、すまないっ!!」
ライの元へ下がると、ガッセは痛む体でよろよろと立ち上がった。
ガッセは顔を引き攣らせながら、片手を上げる。
「いや、こちらが先に手を出したのが悪いんだ。気にしないでくれ」
「そうだね。だからアイビーが気にする必要ないと思うな」
「だが、流石に騎士団長を投げ飛ばすなどと……」
「そもそも視界が封じられたアイビーに殺気を放つから悪いんだよ。ねぇ、ガッセ?」
ライが目を細める。
飛び上がるように肩を揺らしたガッセが、目にも留まらぬ早さでアイビーに頭を下げた。
「申し訳ありません! まさか陛下のお連れ様だとはつゆしらず!」
「あ、謝らないでくれ。こちらこそ投げ飛ばしてしまって悪かった」
アイビーは苦い笑いを浮かべ、同じく謝罪を口にする。
頭を下げると、ガッセも肩の力を抜いたようだった。
勘違いとはいえ騎士の職務を邪魔したのだ。同じ職につく者として心痛は慮れる。
「……それで、リオンも騎士か?」
アイビーは話題を変えるようにいまだライの腕に抱かれるリオンへと視線を向ける。
リオンは目をぱちくりとさせて首を傾げた。
「ぼく?」
「その年齢の子どもがああも逃げてきたはずの路地を覚えているはずがないだろう。子どもの姿を騙っていると考える方が自然だ」
不審な点を指摘すれば、リオンはライの腕から飛び降りた。
綺麗に着地して見せたリオンが子どもらしくない笑みを浮かべる。
「へぇ、さすがはカーネル王国の騎士団長。よく見てる」
「でなければ団長なんぞ務まらんからな。そろそろ元の姿に戻ったらどうだ?」
「お言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」
一瞬にして大きくなったリオンは、黒色の騎士服に身を包んでいた。
白色の髪と赤い瞳が相まってどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
身長はライよりも僅かに低い程度だが、世の中の女性からしてみれば見上げなければならないほど高いだろう。
リオンが元の姿に戻ると、ライはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「アイビーには驚かされてばかりだね。それで? リオン、ガッセ。デートを中断させるだけの理由があるんだろうね?」
空気が瞬く間に凍りついた。
ライの顔は笑っているというのに、瞳の奥は一切笑っていない。
その目を向けられたリオンとガッセは可哀想なほど青い顔をしている。
アイビーは内心合掌しながら、彼らの報告を待った。
すると、リオンとガッセは互いの顔を見合わせて頷く。
「我々は今、カーネル王国からの間者を追っております」
予想以上のスピードに、男の子はライの首に手を回して落ちないようにしがみついていた。
男の子の柔らかな白髪が風に揺られてくすぐったそうだ。
「そういえば君の名前を聞いていなかったな。私はアイビーだ」
「僕はライだよ」
「ぼく、リオン」
「あぁ。よろしく頼むよ。リオン」
市場から街道沿いに南下しながら互いに自己紹介を済ませた。
リオンと名乗った男の子は、ライに抱えられながらも必死にこっちからきたと指をさしている。
右や左に幾度となく折れ曲がっているのは何かから逃げていたからだろうか。
わずかに脳裏を掠めた違和感に、アイビーはリオンを盗み見る。
道案内をするリオンに迷いがない。
その姿がますます不安を助長させた。
(……何者かに終われた小さな子どもが、これだけハッキリと来た道を覚えているものか?)
アイビーは足を動かしながらも、連れてこられた路地に警戒を強める。
しかし、警戒とは裏腹に路地には何もない。
人が重なるように倒れていたり、浮浪者のたまり場になっておらず、ただ薄暗いだけだ。
同じ外観の建物が建ち並び、その間を縫うように走っていると、ようやくリオンが路地の外を指さした。
薄暗い路地を抜け、陽光の下に出る。
一瞬、明暗差に視界がホワイトアウトしてしまった。
光に焼かれた目を僅かに細めたその時。針のような殺気が脇腹に刺さる。
傷つけるために突き出された拳を手のひらで弾き飛ばした。
同時に懐へと潜り込み、胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
「ぐぅ」
聞き慣れない男の呻き声が聞こえ、アイビーは我に返った。
不審人物を取り押さえたのは条件反射だ。
視界が回復するよりも早く、体が動いた。
地面に叩きつけられた男は恨めしげにアイビーを見上げているが、知ったことではない。
アイビーは呻く男の背に馬乗りになり、両腕を押さえつける。
逃げ場を失った男は抵抗するのを諦めたのか、アイビーが跨がった段階で掴んだ腕から力が抜けていた。
アイビーは諦めの早さに呆れつつも、男の正体を掴もうと観察し始める。
(……妙だな)
男を見下ろしながら不躾に見ていくと、男のちぐはぐさに嫌でも目がいく。
小さく首の後ろで束ねられた茶髪は少し砂にまみれているが、ちゃんと手入れされているようで盗賊のように軋んではいない。
その上、盗賊のような服装をしているが、それの質は高く、ごろつきが手に入れられる品ではなかった。
押さえつける腕はほどよく鍛えられているし、手には長年消えていないような剣だこが自己主張している。
(傭兵、いや騎士か?)
アイビーが眉を顰める。
仮に目の前の男が騎士だとして、アイビーには騎士に狙われるような覚えがない。
内心首を傾げていると、ライが驚いたようにアイビーの上から男を覗き込んだ。
「なにしてるの、ガッセ」
「へ、陛下……そのお姿は……?」
「騎士団長の君があっけなくやられるなんて、びっくりだよ」
「騎士、団長……っ!?」
耳に届いた単語に、アイビーは目を丸くする。
地面に伏している男――ガッセとライを交互に見やり、アイビーはさっと顔を青くした。
ライの腕の中のリオンですら、この状況が飲み込めないと言わんばかりに目を見開いている。
リオンの愕然とした表情に、冷や汗が背筋を伝った。
アイビーはぱっとガッセから跳ね退く。
「す、すまないっ!!」
ライの元へ下がると、ガッセは痛む体でよろよろと立ち上がった。
ガッセは顔を引き攣らせながら、片手を上げる。
「いや、こちらが先に手を出したのが悪いんだ。気にしないでくれ」
「そうだね。だからアイビーが気にする必要ないと思うな」
「だが、流石に騎士団長を投げ飛ばすなどと……」
「そもそも視界が封じられたアイビーに殺気を放つから悪いんだよ。ねぇ、ガッセ?」
ライが目を細める。
飛び上がるように肩を揺らしたガッセが、目にも留まらぬ早さでアイビーに頭を下げた。
「申し訳ありません! まさか陛下のお連れ様だとはつゆしらず!」
「あ、謝らないでくれ。こちらこそ投げ飛ばしてしまって悪かった」
アイビーは苦い笑いを浮かべ、同じく謝罪を口にする。
頭を下げると、ガッセも肩の力を抜いたようだった。
勘違いとはいえ騎士の職務を邪魔したのだ。同じ職につく者として心痛は慮れる。
「……それで、リオンも騎士か?」
アイビーは話題を変えるようにいまだライの腕に抱かれるリオンへと視線を向ける。
リオンは目をぱちくりとさせて首を傾げた。
「ぼく?」
「その年齢の子どもがああも逃げてきたはずの路地を覚えているはずがないだろう。子どもの姿を騙っていると考える方が自然だ」
不審な点を指摘すれば、リオンはライの腕から飛び降りた。
綺麗に着地して見せたリオンが子どもらしくない笑みを浮かべる。
「へぇ、さすがはカーネル王国の騎士団長。よく見てる」
「でなければ団長なんぞ務まらんからな。そろそろ元の姿に戻ったらどうだ?」
「お言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」
一瞬にして大きくなったリオンは、黒色の騎士服に身を包んでいた。
白色の髪と赤い瞳が相まってどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
身長はライよりも僅かに低い程度だが、世の中の女性からしてみれば見上げなければならないほど高いだろう。
リオンが元の姿に戻ると、ライはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「アイビーには驚かされてばかりだね。それで? リオン、ガッセ。デートを中断させるだけの理由があるんだろうね?」
空気が瞬く間に凍りついた。
ライの顔は笑っているというのに、瞳の奥は一切笑っていない。
その目を向けられたリオンとガッセは可哀想なほど青い顔をしている。
アイビーは内心合掌しながら、彼らの報告を待った。
すると、リオンとガッセは互いの顔を見合わせて頷く。
「我々は今、カーネル王国からの間者を追っております」