くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
十四話
カーネル王国からの間者を追っていると告げたガッセは、アイビーを何とも言えない顔で見ていた。
リオンの疑心を宿した赤色の双眸にアイビーはため息をつく。
「王国からの間者か。私の管轄ではないな」
「本当に?」
「あぁ」
アイビーが頷くと、リオンの眉間にシワが寄った。
路地よりも広いこの場所は路地の突き当たりで、アイビーたち以外誰もいない。
そのためひとたび沈黙が下りてしまうと呼吸音すらも気になってしまいそうだ。
肌を刺すような一触即発な雰囲気を裂くように声を上げたのはライだった。
「リオンもガッセも怖い顔しないの。そもそもアイビーはすでに王妃から見捨てられているんだよ」
「どういうことですか」
「端的に言おう。魔王の首を持って帰れぬ私は切り捨てられた、ということだ」
ライに詰め寄ったリオンに、アイビーが正解を提示した。
するとガッセがますます困惑したように口を開く。
「お前は騎士団長なのだろう? 国の最高戦力を捨てるのか?」
「私は先の戦で私は最後のチャンスをものにできなかった。今更のこのこ国へ帰ったところで待っているのは裏切り者の烙印からの公開処刑だろうな」
「……は?」
ガッセの茶色の瞳が驚愕を宿して見開かれる。
対してリオンは表情にこそ出ていなかったが、手を握り込んでいた。
どうやら彼らにとってアイビーが告げた事実は理不尽なことらしい。
先ほどの沈黙とは違い、気まずげな空気が漂う。
哀れなものを見るような二対の目に、アイビーが苦笑する。
「信じがたいのは分かるが、それほど驚くことか?」
「まぁあの王妃と対峙したことがないと分からないものだよ」
近づいてきたライがアイビーの頭を励ますように撫でた。
身長差のせいか、ライの影が陽光を遮るようにアイビーにかかる。
アイビーは呆れたようにライを見上げ、はたと気がついた。
「そういえば貴殿はまだ姿が戻らないな」
「ん? そういえばそうだね」
「何か心境の変化でもあったのか? 今までは五分しか持たなかっただろう」
「有り体に言えばそうだね。僕の色の魔石に『魔石と出会った』なんて表現するんだもん。僕だって心を動かされちゃうよ」
「意味が分からないな……?」
確かに言った覚えのある言葉だ。
魔石に選ばれたのだから、出会うと表現するのは普通のことだろう。
しかし彼らにとって普通ではなかったらしい。
ライの口から聞いたリオンもガッセも頬を赤く染めて恥ずかしげに驚いている。
「そ、それは大胆ですね」
「あぁ、こんなお嬢さんが、なぁ……」
そわそわと落ち着かない様子の二人に、アイビーの脳内はますます疑問で埋め尽くされる。
(そんなに変な言葉なのか?)
どれだけ首を傾げても答えは見えてこない。
考えても無駄だと判断したアイビーは苛立ちのまま腕を組んだ。
「貴殿らが言っている意味は後で問い詰めるとして、まずは王国の間者について話し合ったほうがいいんじゃないか?」
「そうだね。間者は城下に潜り込んだの?」
アイビーの指摘に、ライはすぐに切り替えたのか普段よりも低い声色で問う。
懐から信書のようなものを取り出したリオンが頷いた。
「はい。商人の荷車に紛れていたようです。乗り捨てた荷馬車の中には空の木箱がひとつありました」
「荷物として入ってきたのか。なかなか厄介なことをしてくれたね」
「はい。それとこちらも。空の木箱の中に残されていた物です。王家の封蝋で閉じられていたため、我々は開いておりません」
リオンが信書を手渡すと、ライがそれに目を落とす。
読み進めるにつれライの表情がこわばり、目の奥に侮蔑が宿っていった。
全て読み終わったのかライが信書をアイビーへと差し出した。
意外な行動にアイビーは目を丸くする。
「私が読んでもいいのか?」
「君にも無関係ではないからね。いいよ」
「わかった」
ライから信書を受け取り、それに目を通す。
どこか幼いその筆跡はカーネル王国の女王のもので間違いなさそうだ。
「和平について?」
「そう。でもこれは王妃の独断だろうね。そうじゃなきゃ不法入国しないでしょ」
「だが王家の封蝋を持って城へ行けばよかった話ではないか?」
「そこがおかしな所だよね。真っ直ぐ僕の所までくればいいのに、それをしないなんて、他に狙いがあるとしか思えない」
「商人は取り押さえておりますが、いかがされますか? 話ぐらいは聞けると思いますが……」
ガッセが恐る恐るライへと問いかける。
しかしライは必要ないと首を横に振った。
「大丈夫。どうやらその必要はなさそうだよ」
ライが言い切った瞬間、アイビーたちの上を影が通った。
それは迷いなくライへと向かって落ちていく。
ぎらりと陽光に反射したのは短剣だろうか。
アイビーは咄嗟に腰へと手を伸ばしたが、そこに普段あるはずの長剣はない。
舌打ちを響かせたアイビーが一歩足を踏み出したと同時に、ライの鼻先を短剣が掠めていった。
「おっと」
ほんの少し背を仰け反らせただけで回避したライは、地面へ短剣を叩きつけた刺客ににっこりと笑った。
その笑みは何を考えているのか察することのできない笑みで、視界に入っただけのアイビーですら背筋の凍った音を聞いた。
アイビーが踏み出した足を止めるほどの悪寒。
真っ正面から見た刺客も嫌な予感がしたのだろう。その場から飛び退いた。
アイビーや刺客の感覚は正しかった。なぜなら、数秒前に刺客がいた場所にはつららのようなものが瞬く間に出現していたのだから。
「これを見破られたのははじめてだね。今回は彼女もそれだけ本気ってことかな?」
「陛下!」
「大丈夫。すぐ終わるよ」
笑みを絶やさないライに刺客は分の悪さを理解したらしい。
勢いに任せてライから背を向け、跳躍しようと足裏に力を込めた。が、建物の上へと向かおうとしたその足が地面に着くことはなかった。
(今、何があった……?)
目の前で起こったはずの攻防が見えなかった。
アイビーが瞬きをした時には、いつの間にか先ほどの氷が刺客に巻きついていたのだ。
「捕まえた」
楽しげに目を細めるライの表情は、獰猛な獣のそれだ。
圧倒的な力の差に、刺客はもちろんのこと、アイビーすら動けなかった。
その場にいる全ての人間の硬直を解いたのは、ライからしたぽんっという軽い音だった。
リオンの疑心を宿した赤色の双眸にアイビーはため息をつく。
「王国からの間者か。私の管轄ではないな」
「本当に?」
「あぁ」
アイビーが頷くと、リオンの眉間にシワが寄った。
路地よりも広いこの場所は路地の突き当たりで、アイビーたち以外誰もいない。
そのためひとたび沈黙が下りてしまうと呼吸音すらも気になってしまいそうだ。
肌を刺すような一触即発な雰囲気を裂くように声を上げたのはライだった。
「リオンもガッセも怖い顔しないの。そもそもアイビーはすでに王妃から見捨てられているんだよ」
「どういうことですか」
「端的に言おう。魔王の首を持って帰れぬ私は切り捨てられた、ということだ」
ライに詰め寄ったリオンに、アイビーが正解を提示した。
するとガッセがますます困惑したように口を開く。
「お前は騎士団長なのだろう? 国の最高戦力を捨てるのか?」
「私は先の戦で私は最後のチャンスをものにできなかった。今更のこのこ国へ帰ったところで待っているのは裏切り者の烙印からの公開処刑だろうな」
「……は?」
ガッセの茶色の瞳が驚愕を宿して見開かれる。
対してリオンは表情にこそ出ていなかったが、手を握り込んでいた。
どうやら彼らにとってアイビーが告げた事実は理不尽なことらしい。
先ほどの沈黙とは違い、気まずげな空気が漂う。
哀れなものを見るような二対の目に、アイビーが苦笑する。
「信じがたいのは分かるが、それほど驚くことか?」
「まぁあの王妃と対峙したことがないと分からないものだよ」
近づいてきたライがアイビーの頭を励ますように撫でた。
身長差のせいか、ライの影が陽光を遮るようにアイビーにかかる。
アイビーは呆れたようにライを見上げ、はたと気がついた。
「そういえば貴殿はまだ姿が戻らないな」
「ん? そういえばそうだね」
「何か心境の変化でもあったのか? 今までは五分しか持たなかっただろう」
「有り体に言えばそうだね。僕の色の魔石に『魔石と出会った』なんて表現するんだもん。僕だって心を動かされちゃうよ」
「意味が分からないな……?」
確かに言った覚えのある言葉だ。
魔石に選ばれたのだから、出会うと表現するのは普通のことだろう。
しかし彼らにとって普通ではなかったらしい。
ライの口から聞いたリオンもガッセも頬を赤く染めて恥ずかしげに驚いている。
「そ、それは大胆ですね」
「あぁ、こんなお嬢さんが、なぁ……」
そわそわと落ち着かない様子の二人に、アイビーの脳内はますます疑問で埋め尽くされる。
(そんなに変な言葉なのか?)
どれだけ首を傾げても答えは見えてこない。
考えても無駄だと判断したアイビーは苛立ちのまま腕を組んだ。
「貴殿らが言っている意味は後で問い詰めるとして、まずは王国の間者について話し合ったほうがいいんじゃないか?」
「そうだね。間者は城下に潜り込んだの?」
アイビーの指摘に、ライはすぐに切り替えたのか普段よりも低い声色で問う。
懐から信書のようなものを取り出したリオンが頷いた。
「はい。商人の荷車に紛れていたようです。乗り捨てた荷馬車の中には空の木箱がひとつありました」
「荷物として入ってきたのか。なかなか厄介なことをしてくれたね」
「はい。それとこちらも。空の木箱の中に残されていた物です。王家の封蝋で閉じられていたため、我々は開いておりません」
リオンが信書を手渡すと、ライがそれに目を落とす。
読み進めるにつれライの表情がこわばり、目の奥に侮蔑が宿っていった。
全て読み終わったのかライが信書をアイビーへと差し出した。
意外な行動にアイビーは目を丸くする。
「私が読んでもいいのか?」
「君にも無関係ではないからね。いいよ」
「わかった」
ライから信書を受け取り、それに目を通す。
どこか幼いその筆跡はカーネル王国の女王のもので間違いなさそうだ。
「和平について?」
「そう。でもこれは王妃の独断だろうね。そうじゃなきゃ不法入国しないでしょ」
「だが王家の封蝋を持って城へ行けばよかった話ではないか?」
「そこがおかしな所だよね。真っ直ぐ僕の所までくればいいのに、それをしないなんて、他に狙いがあるとしか思えない」
「商人は取り押さえておりますが、いかがされますか? 話ぐらいは聞けると思いますが……」
ガッセが恐る恐るライへと問いかける。
しかしライは必要ないと首を横に振った。
「大丈夫。どうやらその必要はなさそうだよ」
ライが言い切った瞬間、アイビーたちの上を影が通った。
それは迷いなくライへと向かって落ちていく。
ぎらりと陽光に反射したのは短剣だろうか。
アイビーは咄嗟に腰へと手を伸ばしたが、そこに普段あるはずの長剣はない。
舌打ちを響かせたアイビーが一歩足を踏み出したと同時に、ライの鼻先を短剣が掠めていった。
「おっと」
ほんの少し背を仰け反らせただけで回避したライは、地面へ短剣を叩きつけた刺客ににっこりと笑った。
その笑みは何を考えているのか察することのできない笑みで、視界に入っただけのアイビーですら背筋の凍った音を聞いた。
アイビーが踏み出した足を止めるほどの悪寒。
真っ正面から見た刺客も嫌な予感がしたのだろう。その場から飛び退いた。
アイビーや刺客の感覚は正しかった。なぜなら、数秒前に刺客がいた場所にはつららのようなものが瞬く間に出現していたのだから。
「これを見破られたのははじめてだね。今回は彼女もそれだけ本気ってことかな?」
「陛下!」
「大丈夫。すぐ終わるよ」
笑みを絶やさないライに刺客は分の悪さを理解したらしい。
勢いに任せてライから背を向け、跳躍しようと足裏に力を込めた。が、建物の上へと向かおうとしたその足が地面に着くことはなかった。
(今、何があった……?)
目の前で起こったはずの攻防が見えなかった。
アイビーが瞬きをした時には、いつの間にか先ほどの氷が刺客に巻きついていたのだ。
「捕まえた」
楽しげに目を細めるライの表情は、獰猛な獣のそれだ。
圧倒的な力の差に、刺客はもちろんのこと、アイビーすら動けなかった。
その場にいる全ての人間の硬直を解いたのは、ライからしたぽんっという軽い音だった。