くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

十五話

 見慣れた幼い少年の姿に戻ってしまったライから目が離せない。
 その場から一歩も動くことなく制圧してしまった手腕に、アイビーはただ見惚れるしかなかった。
 今もまだ脳裏に焼き付いている、先ほどのライと刺客のやり取り。
 青年の姿で刺客を相手取るライの黒髪が靡びき、氷の魔法から生まれたダイヤモンドダストが彼の容姿を一層引き立てていた。
 冷酷で誰も寄せ付けないような透明な瞳も、アイビーの心を揺さぶる要因だろう。
 心臓をぎゅっと掴まれたような、そんな感覚。
 だが、戦場のように嫌な汗をかくことはなかった。
 無意識のうちに噤んでいた口から意識して大きく空気を吐く。
 するとライに釘付けになっていた目が離れてくれた。
 アイビーは目の前で行われたほんの数秒の戦いによほど高揚したらしい。
 内心うんうんと納得していると、宙に浮いたままだった刺客が氷の蔓とともに下りてくる。
 顔色一つ変えずに魔法を行使するライに、アイビーはようやく張り詰めていた緊張がほどけた。

(これが、魔王の実力の一端か)

 刺客が氷の蔓に捕らわれたままガッセに引き渡される様子を眺める。
 テキパキと後処理をしていくリオンとガッセに比べ、アイビーが手伝えるものはない。それが少し心苦しい。
 そんなアイビーを見透かしてか、ライがそっと近づいてきた。
 アイビーを見上げながら得意げに笑う。

「どうだった?」
「見事な手際だったな」
「そういう時はかっこいいって言ってほしいなぁ」
「かっこいい、とは少し違う気がするが……」

 ライを見ながらアイビーは首を傾げる。
 心の奥底で湧き上がったこの感情は、まだ名前すらつけられないほど小さい。
 しかし、かっこいいかと聞かれてしまうと、それは少し違う気がしてならなかった。
 ライは口籠もるアイビーの言葉を待っているようで、優しげに目を細められる。
 まるでどんな事を口走っても許すと言わんばかりだ。

「かっこいいじゃなかったらどう思ってたの?」
「そうだな、気分が高揚したのは確かだ。貴殿の実力を垣間見れた」
「えぇ~……」

 正直に告げると、ライは目に見えて残念そうに顔を歪めた。
 そんな様子に思わず頬が緩む。

「まぁ、貴殿から目が離せなかったな」
「! それって」
「あれだけ見事な無詠唱魔法は初めて見た」
「……はぁ~。だよねぇ」

 ライが大きなため息をついて片手で顔を覆ってしまった。
 どことなく落胆されているような気もするが、正直な感想なのだから仕方ないだろう。
 視界の端でリオンがきっちり拘束をした刺客をどこかへ転移させる。
 牢に送られたであろう刺客がすぐに命を絶つような馬鹿でなければいいと頭の片隅で思った。

「陛下。護送完了しました」
「ん。それで、ガッセはなんでそんな恰好をしていたの?」
「それは……」

 眉根を寄せるガッセは、不満げな色を隠さずにアイビーへと目をやった。
 それだけで、アイビーの監視についてきていたのだと分かる。
 それはライも同じだったようで、嫌そうに顔をしかめていた。
 だがそれも一瞬で、すぐに呆れた笑みを浮かべた。ずいぶんと切り替えが早い。

「まったく。平民に擬態するなら質のいい服は逆効果だよ。僕の護衛がしたいならもう少し考えてね」
「以後気をつけます」
「そうして。それでリオンは?」
「ここで先の積み荷を見つけましたので、その始末と陛下を呼びに」
「そっか。わかった。また報告書をあげてくれる?」
「御意」

 リオンが頭を下げる。
 ライは満足げに頷き、アイビーの手を取った。
 恋人のように繋ごうとしたのだろうが、圧倒的に指の長さが足りず、ちぐはぐな手つなぎになってしまう。
 それがいやにおかしく、アイビーは堪えきれずふはっと吹き出してしまった。
 四苦八苦していたライの目が丸くなっていく。
 その様が余計に面白く、アイビーの肩を震わせた。

「ふっ、くくっ」
「もー! なんで笑われてるの、僕」
「嫌、先ほどまでは貴殿の方が大きかったはずの手が、こんなにも小さくなっていてな。少しばかり違和感が、ふふっ」
「そ、れは、今までで一番長く元の姿を保てていたからね」

 ライは拗ねたように顔を逸らしたが、握り込んだ手を離そうとはしない。
 それがまた見た目と同じく子どもっぽく、アイビーは声を上げて笑った。

「ははっ!」
「ちょっ、笑わないでよ」
「ふふっ、すまない」
「まったくもう。……とりあえず元の通りに戻ろう。今日行くところは市場だけじゃないんだから」

 いつもの調子を取り戻したライがアイビーの腕を引いた。
 アイビーはぐいぐいと引っ張られながら慌ててライを追いかける。

「おい、いきなり走り出そうとするな」
「いいからいいから。早く行こう」
「どこに行くのか聞いても?」
「仕立屋さんだよ」
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