くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

十六話

 ライに連れられてやってきたのは、市場から大きく外れた貴族街にある仕立屋だった。
 複数人が店内を見て回るような服屋とは違い、店の中は落ち着いた雰囲気が漂っている。
 服が陳列されているわけでもなく、ただ城の応接室のような空間で、アイビーは借りてきた猫のように縮こまっていた。
 座り心地の良いソファーに身を沈め、隣に腰掛けるライが店員に次々と要望を出していくのを他人事のように眺めるしかない。

(私がここにいる意味はあるのか……?)

 置いてけぼりを食らっているアイビーの困惑が伝わったのか、ライが顔ごと視線を向けてきた。
 とても楽しげな笑みにぎくりと肩が揺れる。

「アイビーは何色が好き?」
「色? 特に好きな色はないが……?」
「そっか、じゃあ僕が選んでもいい?」
「? あぁ」
「なら黒地に白の刺繍をいれようか」

 よくわからず頷くと、ライはにんまりと笑って店員へと要望を通していた。
 一通り喋り終えたのか、綺麗な礼をした店員が席を立つ。
 店員が応接室の奥へと引っ込むとライと二人きりになってしまい、互いの呼吸音だけが鼓膜を揺らした。
 アイビーは満足げなライの横顔へ質問を投げかける。

「先ほどから何を頼んでいたんだ?」
「えっ、気付いてなかったの?」
「?」
「アイビーのドレスだよ。今度夜会を開くから、その時の衣装を作ろうと思ってね」
「……は?」

 ライから告げられた答えに、アイビーの目が丸くなる。

「びっくりするアイビーも可愛いね」
「はぁ、茶化すな。そもそも私にドレスは必要ない」
「え~? どうして?」
「騎士服で十分だ。夜会を開くなら、警護もそれなりの人数が必要だろう」
「もしかしなくても、アイビーも警邏をするって言うんじゃないよね?」
「そのつもりだが?」

 アイビーが当たり前だと首を傾げる。
 そもそもアイビーは令嬢として夜会に参加したことがない。
 社交界のマナーも、ダンスのステップも知識としてはあるが、実戦経験は一度もなかった。

(社交界への憧れもなかったしな)

 幼い頃も騎士への憧れはあれど、お姫様のように着飾ることへ憧れはなかった。

(まぁさすがにデビュタントにも参加しなかったのはやりすぎだとは思うが……)

 騎士として参加した令嬢はアイビーだけだったと後に聞いた。
 そのため変わり者として孤立したのは苦い思い出だ。
 アイビーが苦笑すると、ライがわずかに首を傾げる。

「僕アイビーのドレス姿見たいんだけど駄目なの?」
「夜会には私よりも綺麗な花が咲くだろう? 私である必要性を感じないな」
「……アイビーも綺麗だと思うよ?」
「剣しか取り柄のない女がか? 笑えない冗談だな」
「まったく、君は剣の腕しか自信がないんだねぇ」

 ライは両腕の肘を膝につき、両手で顔を包むようにして頬杖をつく。
 そしてその体勢のまま頬を膨らました。
 アイビーを非難するように目を細めたライに、少し身じろぎをしてしまう。

「そうだな。私が誇れるものは剣しかない」
「じゃあもっと誇れるものを作ろうよ」
「?」
「アイビーだって可愛らしい女の子だってこと、ちゃーんと理解してもらわないと」
「なにがどうなってそうなった?」
「いいからいいから。ほら、準備できたみたいだよ」

 ぴょんとソファーから下りたライの視線を追うと、応接室の奥の扉から店員が出てきたところだった。
 店員に案内されるがまま奥の部屋へと移動する。
 奥の部屋はフィッティングルームらしく、色とりどりのドレスが用意されていた。
 よく見ると形もところどころ違っているようだ。
 これから自身の身に何が起こるのか、いやでも想像ができてしまい、アイビーは頬が引き攣らせる。

「これは?」
「どんな形のドレスが似合うか、合わせようと思って。用意してもらったんだ」
「……拒否は」
「できないね」

 ライからにっこりといい笑顔を向けられ、アイビーは諦めたように肩を落とした。
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