くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
二十二話
アイビーとライが階段の踊り場で一度止まる。
水を打ったように静まり返った大広間にいる人々の視線は、アイビー達に向いていた。
ホールを見下ろすこの場では、探るような視線、羨望の目、疑心の顔つき、色々な表情がよく見えた。
アイビーは意識して背筋を伸ばす。
(今の私は強い武器を持っているんだ。その強さを私が損ねるわけにはいかない)
仕立屋でオーダーしたドレスは、アイビーの髪色とは正反対の黒色だ。
それはまるで温かな光を全て吸収しているかと錯覚しそうなほど深い色で、ライの髪色と同じだと誰しもが気がつくだろう。
スタイルの良さを引き立てるためか、無駄な装飾は一つもない。
ただ体のラインに沿った形ではあるが、足下だけが柔らかく広がり、その布地には繊細な刺繍が施されていた。
シャンデリアの光を浴びると、一層星空を彷彿させる。
誰からかも分からない感嘆が漏れたことを皮切りに、ざわりと空気が揺れた。
会場内が困惑に包まれているが、ライは何食わぬ顔で階段を降りはじめた。
「魔王陛下、姿がお戻りになられたのか?」
「いや、だが普段の魔力量より少なく見える。まだ本調子ではない」
「あのままであれば私たちにも勝機はあったんだがなぁ」
「ですな。まぁ、王国のために魔力をなげうったのは美談でしょう」
「現状、飼い犬に手を噛まれていますがね」
「ははっ違いない」
「ところで隣の女性は誰でしょうな」
「見覚えはありませんね」
アイビーの耳に届くのは、動揺や困惑だ。
中にはライに取って代わろうとしていたとも推測できるような発言をする者もいた。
眉尻がわずかに反応しそうになるが、階段を降りきったところでライに顔を寄せられ阻止された。
女性達からきゃーと悲鳴に似た声があがる。
傍目から見ると髪にキスをしているような体勢だ。
黄色い声があがるのも仕方のないことだろう。
「アイビー、ちゃんと笑っててね。あの程度の会話は普段通りだから」
「……善処する」
「ん。それじゃあ挨拶ね」
ひそひそと頭上で注意を受け、アイビーは頷いた。
ライがよしと微笑み、会場へと目を向けた。瞬間、彼の顔は真剣なものへと早変わりする。
表情の切り替えを間近で見たからか、アイビーは「そういえば王だったな」と場違いなことを思った。
普段見ている緩みきった横顔ではなく、眉を上げて真っ直ぐに前を見つめる姿に、どきりと胸の奥が高鳴る。
(不整脈……?)
一瞬のことで、アイビーは内心首を傾げるしかない。
ライを見上げていると、ぐいっと腰を引きよせられた。
「今日は皆に彼女を紹介するために集まってもらった。紹介しよう。カーネル王国の元騎士団長で、僕の婚約者。アイビーだ」
耳に届いた言葉に、頭が真っ白になる。
(今、なんと言った……?)
誰が、誰の、婚約者だと言ったのだろうか。
「婚約者!?」
「そんなっ嘘でしょ」
「王国の人間とだなんて……!」
じわじわと伝わる動揺がアイビーの耳にも伝わってきた。
宣言された言葉を理解した頃、ようやくアイビーの頭が回り出す。
(捕虜としてではなく婚約者だと宣言することで、私がここにいる理由を作った? いやしかしこうも大々的に宣言されてしまっては婚約破棄なぞできるはずも……それが狙いか!?)
なんということを言ってくれたのだろう。
事前に相談もなく、だまし討ちのようなそれに、アイビーは周りから見えないようライの脇腹を肘で押した。
目だけで謝罪を告げてくるが、アイビーはそれどころじゃない。
今後の人生設計がすべて狂ったようなものだ。
「アイビー。ファーストダンスだよ」
どうやらアイビーが考え込んでいる間に話が進んでいたらしい。
現実に引き戻されたアイビーは、ライに導かれるがままホールの中央へと足を向けた。
水を打ったように静まり返った大広間にいる人々の視線は、アイビー達に向いていた。
ホールを見下ろすこの場では、探るような視線、羨望の目、疑心の顔つき、色々な表情がよく見えた。
アイビーは意識して背筋を伸ばす。
(今の私は強い武器を持っているんだ。その強さを私が損ねるわけにはいかない)
仕立屋でオーダーしたドレスは、アイビーの髪色とは正反対の黒色だ。
それはまるで温かな光を全て吸収しているかと錯覚しそうなほど深い色で、ライの髪色と同じだと誰しもが気がつくだろう。
スタイルの良さを引き立てるためか、無駄な装飾は一つもない。
ただ体のラインに沿った形ではあるが、足下だけが柔らかく広がり、その布地には繊細な刺繍が施されていた。
シャンデリアの光を浴びると、一層星空を彷彿させる。
誰からかも分からない感嘆が漏れたことを皮切りに、ざわりと空気が揺れた。
会場内が困惑に包まれているが、ライは何食わぬ顔で階段を降りはじめた。
「魔王陛下、姿がお戻りになられたのか?」
「いや、だが普段の魔力量より少なく見える。まだ本調子ではない」
「あのままであれば私たちにも勝機はあったんだがなぁ」
「ですな。まぁ、王国のために魔力をなげうったのは美談でしょう」
「現状、飼い犬に手を噛まれていますがね」
「ははっ違いない」
「ところで隣の女性は誰でしょうな」
「見覚えはありませんね」
アイビーの耳に届くのは、動揺や困惑だ。
中にはライに取って代わろうとしていたとも推測できるような発言をする者もいた。
眉尻がわずかに反応しそうになるが、階段を降りきったところでライに顔を寄せられ阻止された。
女性達からきゃーと悲鳴に似た声があがる。
傍目から見ると髪にキスをしているような体勢だ。
黄色い声があがるのも仕方のないことだろう。
「アイビー、ちゃんと笑っててね。あの程度の会話は普段通りだから」
「……善処する」
「ん。それじゃあ挨拶ね」
ひそひそと頭上で注意を受け、アイビーは頷いた。
ライがよしと微笑み、会場へと目を向けた。瞬間、彼の顔は真剣なものへと早変わりする。
表情の切り替えを間近で見たからか、アイビーは「そういえば王だったな」と場違いなことを思った。
普段見ている緩みきった横顔ではなく、眉を上げて真っ直ぐに前を見つめる姿に、どきりと胸の奥が高鳴る。
(不整脈……?)
一瞬のことで、アイビーは内心首を傾げるしかない。
ライを見上げていると、ぐいっと腰を引きよせられた。
「今日は皆に彼女を紹介するために集まってもらった。紹介しよう。カーネル王国の元騎士団長で、僕の婚約者。アイビーだ」
耳に届いた言葉に、頭が真っ白になる。
(今、なんと言った……?)
誰が、誰の、婚約者だと言ったのだろうか。
「婚約者!?」
「そんなっ嘘でしょ」
「王国の人間とだなんて……!」
じわじわと伝わる動揺がアイビーの耳にも伝わってきた。
宣言された言葉を理解した頃、ようやくアイビーの頭が回り出す。
(捕虜としてではなく婚約者だと宣言することで、私がここにいる理由を作った? いやしかしこうも大々的に宣言されてしまっては婚約破棄なぞできるはずも……それが狙いか!?)
なんということを言ってくれたのだろう。
事前に相談もなく、だまし討ちのようなそれに、アイビーは周りから見えないようライの脇腹を肘で押した。
目だけで謝罪を告げてくるが、アイビーはそれどころじゃない。
今後の人生設計がすべて狂ったようなものだ。
「アイビー。ファーストダンスだよ」
どうやらアイビーが考え込んでいる間に話が進んでいたらしい。
現実に引き戻されたアイビーは、ライに導かれるがままホールの中央へと足を向けた。