くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

五話

 告げられた言葉を脳内で反芻する。

(カーネル王国を正常に戻す?)

 王妃ヒナギクによって魅了をばら撒かれた王国は確かに正常ではない。
 しかし、魔王領はカーネル王国と敵国で、王国が多少歪でもライには関係のない話だ。
 アイビーは信じられないものを見る目でライを見つめる。

「魔王のお前が、か?」
「お隣の国を気に掛けるのがそんなに不思議?」
「当たり前だろう。我が国と魔王領は敵国同士だ」
「それはいつから?」
「は?」
「いつから敵国だと認識するようになったの?」

 可愛らしい仕草で首を傾げるライに、アイビーは目を丸くする。

(いつから? そんなの決まっている。私が生まれる前からで……いや、待て。騎士団長の父が出陣したところを、私は見たことが……ない)

 記憶の引き出しをひっくり返してみるが、いくら探してもアイビーが入団する前に騎士団が戦へ向かった記憶はなかった。
 出陣した一番古い記憶は、アイビー自身が騎士団長になってからだ。
 それはヒナギクがこの世界に召喚され、ヒナギクが攻略対象キャラだと言っていた三人を侍らせてしばらくしてからだった。
 考え込むアイビーだったが、聞こえたライの言葉に引き戻される。

「そもそも魔王領とカーネル王国は友好国だったんだよ」
「なんだと」
「考えてもみてよ。王妃は僕とも愛を育もうとしたんだよ? よほどの馬鹿じゃないと敵国の魔王と恋愛なんてできないよね」
「……一理あるな」
「でしょ?」

 にこにこと笑うライが思い立ったように指を鳴らした。
 するとローテーブルにティーポットとティーカップが現れる。
 アイビーがぎょっとそれを見ていると、ふわふわと浮いたそれらが踊るように紅茶を注いだ。
 ライは魔法で用意された紅茶に手を伸ばすと、ティーカップに口をつけた。
 目を閉じて紅茶を堪能していたライがそっと片目を開ける。
 それがいやに蠱惑的で、アイビーはびしりと固まった。

「飲まないの?」
「一つ聞きたい」
「ん?」
「たしかに私は魅了にかかっていない。が、今のように記憶が怪しい。そんな女が貴殿の役に立つとは思えん」
「あぁ、そんなこと?」

 ティーカップをソーサーに置いたライが小さく笑う。
 ばっさりと切り捨てたライに、アイビーがむっと眉をつり上げる寸前。
 ライは立ち上がりアイビーの隣に座り直した。
 文句を言うために開いた口は驚きに丸くなってしまう。
 アイビーの反応に気を良くしたのか、ライは柔和に目を細めた。

「別に君にそういう戦力を求めてるわけでじゃないんだ。なんというか、可憐な花が目の前で土まみれになっていたから、放っておけなくなったとでも言えばいいかな」
「すまないが、遠回しに言われてもさっぱりわからん。簡潔に言ってくれ」
「ははっ、そうきたか」

 アイビーはけらけらと笑うライを訝しげに見つめる。
 彼が何を言いたいのか、社交界に疎いアイビーには分からない。

「褒められているのか貶されているのかもよくわからんな」
「そっか。じゃあ言い方を変えるね」
「あぁ。私にも分かるようにな」
「そうだね。戦場でも背筋を伸ばして僕を見据える君を好ましく思ったんだ」
「……は?」
「人はこれを一目惚れだといけど、どうなんだろうね?」

 呆気にとられるアイビーの手を掬ったライは、指先へと口づけを落とした。
 軽い音が聞こえたかと思うとゆっくり彼の顔が離れていく。
 しかし、アイビーの耳の奥にはわざとらしいリップ音が残っていた。

(一目惚れ? 誰が、誰に? いや、話の流れからして魔王が私にだろう。……魔王が、私に?)

 言葉の意味がじわじわと全身に広がり、肌を赤く染める。
 お、っと漏らしたライを見上げると、水晶のような瞳に全身を真っ赤に染めたアイビーが映っていた。
 アイビーははくはくと何度か口を開閉し、諦めたように唇を真一文字に結んだ。

「うん、僕の思った通り、可愛いね」
「剣術しか取り柄のない女など、女ではないだろう」
「君の体は間違いなく女の子のものだと思うよ?」
「そういう意味じゃない」
「? だって今の君はどこからどう見ても、可憐なお姫様だよ」

 誰もが見惚れそうな笑みを浮かべたライに告げられ、アイビーは納得がいかないと言わんばかりに顔をしかめた。

「貴殿は……いや、なんでもない」
「そう? まぁ話を戻そっか。僕が君に協力を求めた一番の理由は一目惚れ」
「他にも理由があると」
「もちろん」
「それはなんだ」
「立て直すのが早いね。もう一つの理由は、君の体質。魅了が効かない個体は本当に珍しいから」

 がつんと殴られた気がした。
 先ほどまでの体中を燃え上がらせるような熱が、さーっと引いていく。

(そうか、本当の目的は私の体質か。なるほど)

 騎士の家系に生まれ、淑女とほど遠い女騎士として育ったアイビーには贈られたことのない言葉に、僅かに舞い上がってしまった。
 しかし、それがまやかしだと分かれば、やっぱりと納得もできる。
 アイビーは自身が女性として魅力的でないと、これまでの18年間で嫌と言うほど思い知らされてきたのだから。

「いいなと思った女性が特異体質で洗脳されてないなんて、もう運命だよね」

 うっとりと紡がれた言葉は、すでにアイビーの耳に届いていない。
 代わりに、呪詛を呟くが如く低い声がアイビーの口から零れた。

「ハニートラップ……いや、ロミオトラップか」
「どうしたの?」

 わなわなと震え出すアイビーを覗き込んだライを睨み付ける。
 鋭い眼光に晒されたライの目がほんの少し見開かれる。
 握られたままの手を引き剥がした勢いで立ち上がり、その人差し指をライへと突きつける。

「私は絶対に貴様の毒牙にはかからんからな!!」
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