くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
七話
ふと意識が浮上し、重い瞼で数度瞬きすると掠れていた視界が元に戻っていく。
アイビーは見慣れない天蓋つきの寝台に、大きなため息をついた。
「夢じゃない、か」
アイビーが起き上がると、寝台がほんの少し軋む。
カーネル王国の実家にいたときよりも質のいい睡眠が取れたようで、頭の中がすっきりとしていた。
ぐっと伸びをして室内を見回す。
この部屋はアイビーのために用意されたようで、壁紙から家具に至るまで可愛らしい色合いのものばかりだ。
寝台の上には大きな黒色のテディベアが置かれていたときは驚いたが、ありがたく抱き枕として使わせてもらった。
テディベアを抱き上げ、まじまじと精巧に作られたそれを見つめる。
ガラス玉のように透明な両目に、少し高い鼻が愛嬌を醸し出しているようだ。
幼少の頃でも手にしたことのない柔らかなぬいぐるみに、アイビーは困ったように笑う。
「可愛い」
呟いた瞬間、隣の部屋から何かにぶつかるような音がした。
目を丸くして隣へ目を向ける。しかしそれ以上なにか動くような気配はなかった。
アイビーは首を傾げながらテディベアを寝台へ置き、サイドテーブルに用意された呼び鈴へ視線を向け、逡巡する。
(ドレスは流石に一人で着られない気がするな。騎士服もないし、どうしたものか)
呼び鈴を慣らすとすぐに侍女たちが来てくれるはずだ。
しかし、それをすれば昨日と同じく過分なドレスを着せられ、化粧を施されてしまう。
実家でもなかなかない待遇に、アイビーは苦笑を零した。
(しかたない)
諦めたアイビーが呼び鈴を慣らすと、間髪入れず扉がノックされた。
あまりの早さに驚きつつアイビーは入室の許可を出す。
昨日と同じ侍女二人が入ってくると、あっという間に着替えさせられた。
早業だなと思っていたのがいけなかったのだろう。
ドレスを着込んだアイビーはいつの間にか廊下に立っていたライにエスコートされ、中庭へと連れ出されていた。
(はっ! 私は何故魔王と薔薇を眺めているんだ)
鼻孔をくすぐった薔薇の香りに、アイビーは我に返った。
目を楽しませてくれるはずの薔薇が今は恨めしい。
立派な庭園へ目を向けることで現実逃避を図ってしまったが、ライに声を掛けられ現実へと引き戻された。
「昨日の話の続きをしよう」
「そうだな」
ライがエスコートをやめ、アイビーの前へと移動する。
くるりと振り返った彼の笑みはこれから話し合いをするというよりかは、愛の告白をするかのようだ。
嫌な予感が脳裏を掠める。
「ねぇ、僕のお嫁さんになってよ」
「断る」
条件反射のように否と口にすれば、ライは予想していたと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
「話は最後までちゃんと聞くものだよ?」
「貴様が戯れ言を吐くからだろう」
「んー、なかなか口説くのって難しいね」
「貴様のそれはプロポーズであって、断じて口説き文句ではないな」
アイビーが眉を顰めると、ライは目を丸くした。
「口説き文句じゃないんだ、これ」
「そうだな」
「じゃあもうちょっと別の口説き文句は考えとくとして、王妃の魅了魔法についてね。あれって国全体にかかっているから、同じだけの魔力を使った魅了封じの魔法を使わないといけないんだよ」
「国全体、だと?」
「うん。ちなみに魅了封じの魔法が使える人間はそうそういないから、別の誰かを探そうとしても無駄だろうね」
「国一つ包み込むほど膨大な魔力が貴様にはあると」
アイビーがじっとライを伺うように見つめると、彼はやれやれと首を振った。
「本来はって枕詞がつくけど、そうだよ。この姿になってから魔力が不安定なんだ」
「昨日あれだけの魔法を使っていたくせになにを言っている?」
アイビーの率いてきた騎士達が、ライの魔法で国へ返された。
あれだけ大規模な魔法を行使しておいて、魔力が不安定だと言う理由が分からない。
アイビーが首を傾げると、ライは言わんとしていることが予想できたのか苦い笑いを浮かべた。
「僕たち魔族は魔力量が多いからね。あれぐらいの魔法なら魔力が不安定でも使えるよ」
「……そういうことにしておこう。それで? 国をあるべき姿に戻すために、貴様の魔力を安定させればいいと?」
「そうだよ。付け加えるなら、安定させるには元の姿が一番いいってことぐらいだね」
「……そうか。ならば手を貸そう。……と言いたいところだが、何点か確認させてもらってもいいだろうか」
顎に手をあて考えるアイビーに、ライはもちろんと頷いた。
上目遣いにアイビーを見るライはにこにこと笑みを崩さない。
「僕に答えられることなら何でも答えるよ」
「まず一つ。貴様はなぜ王国を助ける? 昨夜はわざと話を逸らしただろう。私が気がつかないとでも思ったのか」
「君に一目惚れしたのは本当だよ?」
「……乙女ゲームに関係することなのだと、私は睨んでいるが」
アイビーの予想にライが目を細めた。
彼の透明な目には楽しげな色が宿っている。
「へぇ? それで?」
「召喚された王妃は国を出ることはできなかった。だが王妃は貴様を隠しキャラだと言っている。つまりだ、魔王と懇ろになるには魔王が王国へ来る相応の理由が必要だ」
「やだなぁ、あの女狐のお披露目会に呼ばれたの、君も知っていると思うんだけど」
「あぁ、もちろん知っているさ。私は騎士団長だからな、警備の配置図は頭に入っている。貴様が来国した際には必ずある扉の前の警備が厳重になっていた」
「……」
「そこになにかあるんだろう? 貴様が欲しがるなにかが」
黙ってしまったライに、アイビーは片眉を上げてみせた。
警備の配置図を考えるのはアイビーの役目だったため、よく覚えている。
過去のものを参考にし、無駄だとおぼしき扉の前の警備数を減らして陛下へ報告したところ、元に戻せとお叱りを受けてしまったのだ。
叱られていなかったらアイビーは記憶の片隅にも引っかかることはなかっただろう。
「すごいね、僕のことお見通しって感じだ」
「ぬかせ。貴様が王国を助けようとする理由がそこにあると私は感じている。どうなんだ?」
アイビーの問いに、ライは小さく息を吐いた。
彼がゆっくりと瞬きをする。すると上目遣いに見ていた目から感情がすこんと抜け落ちた。
「本当に知りたい?」
「どういうことだ?」
アイビーの眉間にシワが寄る。
ライは訝かしげな視線を物ともせず、弧を描いた口元に人差し指を添えた。
「魔王の最高機密だよ。君を僕の隣に縛りつけるには十分な、ね」
目の奥が笑っていない完璧な笑みに、アイビーの足が僅かに下がってしまった。
じゃりっと嫌な音が鳴る。
静かすぎる庭園で、その音はやけに大きく聞こえた。
アイビーは見慣れない天蓋つきの寝台に、大きなため息をついた。
「夢じゃない、か」
アイビーが起き上がると、寝台がほんの少し軋む。
カーネル王国の実家にいたときよりも質のいい睡眠が取れたようで、頭の中がすっきりとしていた。
ぐっと伸びをして室内を見回す。
この部屋はアイビーのために用意されたようで、壁紙から家具に至るまで可愛らしい色合いのものばかりだ。
寝台の上には大きな黒色のテディベアが置かれていたときは驚いたが、ありがたく抱き枕として使わせてもらった。
テディベアを抱き上げ、まじまじと精巧に作られたそれを見つめる。
ガラス玉のように透明な両目に、少し高い鼻が愛嬌を醸し出しているようだ。
幼少の頃でも手にしたことのない柔らかなぬいぐるみに、アイビーは困ったように笑う。
「可愛い」
呟いた瞬間、隣の部屋から何かにぶつかるような音がした。
目を丸くして隣へ目を向ける。しかしそれ以上なにか動くような気配はなかった。
アイビーは首を傾げながらテディベアを寝台へ置き、サイドテーブルに用意された呼び鈴へ視線を向け、逡巡する。
(ドレスは流石に一人で着られない気がするな。騎士服もないし、どうしたものか)
呼び鈴を慣らすとすぐに侍女たちが来てくれるはずだ。
しかし、それをすれば昨日と同じく過分なドレスを着せられ、化粧を施されてしまう。
実家でもなかなかない待遇に、アイビーは苦笑を零した。
(しかたない)
諦めたアイビーが呼び鈴を慣らすと、間髪入れず扉がノックされた。
あまりの早さに驚きつつアイビーは入室の許可を出す。
昨日と同じ侍女二人が入ってくると、あっという間に着替えさせられた。
早業だなと思っていたのがいけなかったのだろう。
ドレスを着込んだアイビーはいつの間にか廊下に立っていたライにエスコートされ、中庭へと連れ出されていた。
(はっ! 私は何故魔王と薔薇を眺めているんだ)
鼻孔をくすぐった薔薇の香りに、アイビーは我に返った。
目を楽しませてくれるはずの薔薇が今は恨めしい。
立派な庭園へ目を向けることで現実逃避を図ってしまったが、ライに声を掛けられ現実へと引き戻された。
「昨日の話の続きをしよう」
「そうだな」
ライがエスコートをやめ、アイビーの前へと移動する。
くるりと振り返った彼の笑みはこれから話し合いをするというよりかは、愛の告白をするかのようだ。
嫌な予感が脳裏を掠める。
「ねぇ、僕のお嫁さんになってよ」
「断る」
条件反射のように否と口にすれば、ライは予想していたと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
「話は最後までちゃんと聞くものだよ?」
「貴様が戯れ言を吐くからだろう」
「んー、なかなか口説くのって難しいね」
「貴様のそれはプロポーズであって、断じて口説き文句ではないな」
アイビーが眉を顰めると、ライは目を丸くした。
「口説き文句じゃないんだ、これ」
「そうだな」
「じゃあもうちょっと別の口説き文句は考えとくとして、王妃の魅了魔法についてね。あれって国全体にかかっているから、同じだけの魔力を使った魅了封じの魔法を使わないといけないんだよ」
「国全体、だと?」
「うん。ちなみに魅了封じの魔法が使える人間はそうそういないから、別の誰かを探そうとしても無駄だろうね」
「国一つ包み込むほど膨大な魔力が貴様にはあると」
アイビーがじっとライを伺うように見つめると、彼はやれやれと首を振った。
「本来はって枕詞がつくけど、そうだよ。この姿になってから魔力が不安定なんだ」
「昨日あれだけの魔法を使っていたくせになにを言っている?」
アイビーの率いてきた騎士達が、ライの魔法で国へ返された。
あれだけ大規模な魔法を行使しておいて、魔力が不安定だと言う理由が分からない。
アイビーが首を傾げると、ライは言わんとしていることが予想できたのか苦い笑いを浮かべた。
「僕たち魔族は魔力量が多いからね。あれぐらいの魔法なら魔力が不安定でも使えるよ」
「……そういうことにしておこう。それで? 国をあるべき姿に戻すために、貴様の魔力を安定させればいいと?」
「そうだよ。付け加えるなら、安定させるには元の姿が一番いいってことぐらいだね」
「……そうか。ならば手を貸そう。……と言いたいところだが、何点か確認させてもらってもいいだろうか」
顎に手をあて考えるアイビーに、ライはもちろんと頷いた。
上目遣いにアイビーを見るライはにこにこと笑みを崩さない。
「僕に答えられることなら何でも答えるよ」
「まず一つ。貴様はなぜ王国を助ける? 昨夜はわざと話を逸らしただろう。私が気がつかないとでも思ったのか」
「君に一目惚れしたのは本当だよ?」
「……乙女ゲームに関係することなのだと、私は睨んでいるが」
アイビーの予想にライが目を細めた。
彼の透明な目には楽しげな色が宿っている。
「へぇ? それで?」
「召喚された王妃は国を出ることはできなかった。だが王妃は貴様を隠しキャラだと言っている。つまりだ、魔王と懇ろになるには魔王が王国へ来る相応の理由が必要だ」
「やだなぁ、あの女狐のお披露目会に呼ばれたの、君も知っていると思うんだけど」
「あぁ、もちろん知っているさ。私は騎士団長だからな、警備の配置図は頭に入っている。貴様が来国した際には必ずある扉の前の警備が厳重になっていた」
「……」
「そこになにかあるんだろう? 貴様が欲しがるなにかが」
黙ってしまったライに、アイビーは片眉を上げてみせた。
警備の配置図を考えるのはアイビーの役目だったため、よく覚えている。
過去のものを参考にし、無駄だとおぼしき扉の前の警備数を減らして陛下へ報告したところ、元に戻せとお叱りを受けてしまったのだ。
叱られていなかったらアイビーは記憶の片隅にも引っかかることはなかっただろう。
「すごいね、僕のことお見通しって感じだ」
「ぬかせ。貴様が王国を助けようとする理由がそこにあると私は感じている。どうなんだ?」
アイビーの問いに、ライは小さく息を吐いた。
彼がゆっくりと瞬きをする。すると上目遣いに見ていた目から感情がすこんと抜け落ちた。
「本当に知りたい?」
「どういうことだ?」
アイビーの眉間にシワが寄る。
ライは訝かしげな視線を物ともせず、弧を描いた口元に人差し指を添えた。
「魔王の最高機密だよ。君を僕の隣に縛りつけるには十分な、ね」
目の奥が笑っていない完璧な笑みに、アイビーの足が僅かに下がってしまった。
じゃりっと嫌な音が鳴る。
静かすぎる庭園で、その音はやけに大きく聞こえた。