くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

八話

 水を打ったように静まり返ってしまった庭園で、先に口を開いたのはライだった。

「君にはまだその覚悟はないでしょ? だから、まだ教えてあげない」

 先ほどまでの仄暗い雰囲気から一転、ライは普段通りの調子に戻っている。
 アイビーは引いてしまった足を元に戻し、静かにライを見据えた。

「わかった。今はまだ聞かないでおこう」
「うん、賢明だね」
「では二つ目。貴様が本当に魅了封じの魔法が使えるか、見せてほしい」
「そんなことでいいの? いいよ。誰か魅了魔法を使える奴呼ぶから待ってくれる?」
「いや、魅了魔法を使うのは私だ」
「え」

 目を丸くしたライに、アイビーはにやりと笑ってみせた。

「私は騎士団長だぞ? 魔法のひとつやふたつ、使えて当たり前だろう?」
「魔法剣士?」
「あぁ。力では男どもに及ばずとも、魔法で底上げすればトントンだ」
「……なるほど。じゃあ僕に向かって魅了魔法使ってみてよ」

 許可を得て、アイビーはライへ魅了魔法を使ってみせる。
 ライは事前報告通り魅了魔法が効かないらしい。
 一ミリも動かない表情に、アイビーは心の片隅でほっとした。
 ライがぴっと人差し指を立て、どこかへ飛ばすような仕草をする。
 すると視認すらできずに魅了魔法が出なくなってしまった。
 何かが閉じて鍵をかけられてしまったかのようだ。
 どれだけ魔力を込めても漏れ出ることのない魅了魔法に、アイビーはほうっと感心を吐いた。

「魅了魔法封じとはこのような感覚なのだな。どうやってもこじ開けられない扉ができたようだ」
「へぇ、いい感覚してるね。魔法を閉じ込めてしまうような感じでやるのがコツだから、もしかしたらアイビーは魔法封じを使えるようになるかもしれないね」
「だといいがな」

 ライが先ほどとは反対に、外へと向けた人差し指をアイビーへと戻すと魅了魔法がまた溢れ出した。
 アイビーも魅了魔法を引っ込め、小さく息をつく。

「疑って悪かった。あともう一つ確認なんだが、いいだろうか」
「もちろん。君には誠実でいたいからね」

 魅了魔法封じが使えるのかどうかを疑ったと言うのにライの態度は全く変わらない。
 にこにこと謝罪を受け取ったライが両手でアイビーの右手を包み込んだ。
 幼子と同じような温かな体温にアイビーは眉を下げた。

「元の姿に戻らなければ魔力が安定しないと言っていたが、昨日は元の姿に戻っていただろう? 戻れた理由に心当たりは?」
「やっぱりそこ気になるよね」
「そうだな」
「僕もハッキリとは分からない。でもたしかなことが一つだけある」

 握られた手に力が籠もる。
 真剣な色を帯びたライの目をアイビーもじっと見つめると、彼はそっと微笑んだ。

「アイビーのおかげってこと」
「私の?」
「そう、君の」

 ライはうんうんと頷くが、アイビーに心当たりはない。
 頭の中にクエスチョンを浮かべるアイビーに、ライはこてんと首を傾げた。

「君が僕の言動で恥ずかしがっているのを見て、体中に衝撃が走ったんだ」
「ちょ、ちょっと待て。嫌な予感が――」
「可愛らしい反応をもっと見たいって」
「――はぁ!?」

 制止を聞かなかったライから告げられた言葉に、アイビーは思わず飛び上がる。
 右手を握られているため距離は取れないが、逃げられるギリギリの距離まで腕を伸ばす。
 が、ポンッと軽い音を立てて青年の姿に戻ったライに引き寄せられて阻止されてしまった。
 アイビーの右手を握っていたはずの両手は、逃がさないと言わんばかりに背中に回っている。
 肌を真っ赤に染めたアイビーに、ライは追い打ちをかける。

「ほら。そう思ったら、元に戻ったでしょ?」
「な、ななな」
「色恋関連で堪能したいなぁって思ったりしたらいいのか、単純に僕が心を動かされたらいいのか分からないけどね」

 耳元で囁かれてしまい、アイビーは耳の先まで朱に染めた。
 ライはパンクしかけているアイビーの背から手を離し、また右手を握る。

「アイビーだけだよ。僕の心を動かせるのは」
「っ、それで、私が戻る手伝いをすればいいのか?」
「そうだね。どんな状況で戻れるのか、とか色々手伝ってほしい。小さな体じゃ不便だしね」

 そう言って眉を下げたライは、へにゃりと笑った。
 敵意のない彼の態度にアイビーは繋いだ右手を握手の形へと変える。

「わかった。貴様……いや、貴殿が元の姿に戻れるよう手を貸そう」
< 8 / 32 >

この作品をシェア

pagetop