彼女の季節を戻したい
言葉を紡ぐ彼女
「葵ちゃん、もう大丈夫かい?」
「うん。おばさんもありがとう」
「いえいえ、それじゃああたしはテントを片付けて荷物を積んでたトラックで変えることのするよ。幸い、あとテントだけだしね」
「あ、手伝います!」
あわてておばちゃんに言う。
「大丈夫さ。でもトラックは二人しか乗れないから……悪いけど二人は歩いてもらってもいいかい?」
「いいですよ」
「大丈夫」
「ありがとねえ。助かるよ」
そんなわけで、僕たちは歩いて帰ることになった。
「さっきはごめんね。急に泣いたりして」
「ううん。事情も知れたし」
「千春おばさんが言った通り、お父さんを思い出しちゃったんだよね。
撫でられたのなんて……小学校低学年くらいのときが最後かな。背伸びしたくなる年頃だから、嫌がって……。それから、されなくなった」
「うん」
とりあえず相槌を打つ。
「やっぱり、大事なものって無くならないと気が付かないんだね……」
ぽつりと告げられた言葉は、経験の分重みがあるような感じがした。
だけど、僕にはまだ理解できても実感できない。
そんなにも大事なものをまだ無くしたことがないから。
だから、ここには相槌は打てない。
「……」
「……」
しばらく、無言になった。
「お母さんはどうして?」
話を変えるためにした僕の質問は、あまりにも普通のものすぎた。
「もともと体が弱い人で、私を産んで、その次の子を産もうとしたとき、子供と一緒に……ね……」
「そうなんだ……」
「……」
「……」
また、無言になる。
「生活はね、決して裕福じゃなかった」
「うん」
しばらくすると、葵の方から話してくれた。
「だけど、ちゃんとお父さんが私のことを考えてくれていたのも分かった。だから、私もお父さんにあまり迷惑をかけないようにしよう、って思った。物は、出来るだけ無くさないように、最後まで使うように。文字は小さくなって、だからノートも節約できたりした」
「うん」
「だからかな。今もまだその考えが残っていて……おばさんに心配されちゃう」
おばちゃんも優しいからね。
それにしても……
僕は、彼女の通学カバンを思い出した。それに上下の席で、プリントを回すときに見える机の上も。
なんか違和感があるなとは思っていたけれど……そんな事情があったなんて。
「気にしなくていいと思うよ」
「え?」
「葵は、今までそれで過ごしてきたんだから。いきなり変えられるわけはない。それに……」
「ん?」
「節約なんて、して損になることなんてないでしょ」
「うん、それもそうだね」
葵の声が、心なしか明るく聞こえた気がした。
二人で無言のままに進み、ようやくおばちゃんちに戻ってきた。
「じゃあね、葵。また明日」
「うん、また明日」
僕たちはそう言って別れた。