策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 こうして一緒にキッチンに立っていたら、本物の夫婦になれた気になる。

 食器を片付け終え、そんなふうに思った私は意を決して城下さんに向き合った。

「お忙しいのは重々承知しているのですが、できたら今度からは定期的に一緒に食事をしてもらえませんか」

 社長として、付き合いで会食が多いのだろう。父もそうだったから理解できる。

 けれども今夜のように、家でリラックスする時間も取ってほしい。

「差し出がましいようですが、やはりお体が資本かと思います。ときには家でゆっくり過ごして、日々の疲れを癒やしていただきたいのです」

 目線を合わせて伝えた直後。

「ははっ!」

 真顔だった城下さんが急に表情を変え、眉尻を下げて笑ったので驚いた。

「ごめん。きみがあまりにも堅苦しいからおかしくて」

「か、堅苦しいですか?」

「ああ。きみは俺の体が心配で、そう言ってくれているのだろう? 夫婦なんだからそんなに気を遣わなくてもいい」

 一歩間合いを詰め、城下さんは柔らかい面立ちで私を見つめる。

「これからはなるべく、時間があるときは家で食事をとるよ。でも、作ってくれるきみの負担にならないように、事前に知らせる」

 うれしい返答に、一気に心が浮上した。

「そうですか! ありがとうございます」

「いや、こちらこそ。それから、呼び方を変えないか?」

「へ?」

 唐突な提案に、私は目をしばたたかせる。

「名前で呼び合おう。入籍したんだし」

 たしかに入籍したのだから、旦那様を名字で呼ぶのは不自然かもしれない。自分も同じ名字になったわけだし。

「そうですね。これからは雪成さんと呼ばせていただいてもいいですか?」

「ああ。俺も、美雨って呼んでも?」

「はい」

 返事をすると、目を細めた雪成さんはポンと私の頭を撫でる。

 そのまま髪に触れ、頬に指先を滑らせた。

 鼓動がうるさくなって、頬がカッと熱くなる。

「あ、の、」

 なんとか声を絞り出すと、城下さんは私の頬に手のひらをあてた。

「真っ赤だ。そんな反応されると、なんだかこちらまで照れてくるな」

 片眉をピクリと上げ、困惑する私を涼しい顔で見下ろす。

「先にシャワー浴びてくる」

 そして耳もとでささやいて、頬に軽く触れる程度で唇を寄せた。
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