優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 彼の家は相変わらず綺麗で驚かされる。
 程よく酔いの回った頭で促されたソファーに腰かければ、目の前のテーブルに色とりどりのお酒が並べれられる。そこには、先ほどは挙げられなかったおつまみまできちんと用意されていた。小皿に盛られたチーズやナッツ、軽く炙ったベーコンに、見た目にも鮮やかなカットフルーツ。まるで最初から誰かを招くつもりで準備していたかのようで、思わず眉をひそめる。

「……用意良すぎじゃない?」
「たまたまですよ。自分用です」
「絶対嘘でしょ」
「さあ?」

 彼は肩を竦めて笑うだけだった。否定しきらないあたりが余計に怪しい。けれど、テーブルの上に並ぶそれらはどれも美味しそうで、警戒心と同時に食欲も刺激されてしまう。

「ほら、どれ飲みます?」
「……じゃあ、梅酒」

 無難なところを選んだつもりだったのに、彼は「分かりました」と柔らかく微笑みながら、手慣れた様子でグラスに氷を入れ、琥珀色の液体を注ぐ。その仕草が妙に様になっていた。
 差し出されたグラスを受け取ると、ひんやりとした感触が手のひらに広がった。軽く口をつければ、甘さと酸味がじんわりと舌に染みる。

「…おいしい」
「良かった」

 彼は私の隣に腰を下ろすと、赤ワインを注いで口をつけた。距離の近さに一瞬身を固くするが、さっき無理やり引き寄せられたことを思えば今さら文句を言うのも癪で、何も言わずにグラスを傾ける。

 沈黙が落ちる。
 けれど不思議と気まずさはなくて、代わりにじわじわと何かが満ちてくるような感覚があった。アルコールのせいか、それとも隣にいる彼のせいか。

「そういえば」

 先に口を開いたのは彼だった。

「この前、先輩が勧めてくれた本、読み終わったんですよ」

 意外な話題に、思わず視線を向ける。

「え、本当? どうだった?」
「とても面白かったです。最初は静かな話だと思ってたんですけど、途中から一気に引き込まれました」
「分かる~! 後半の展開、ずるいよね」
「ずるいですね。あれは泣きますよ」

 くすりと笑い合う。さっきまで張り詰めていた空気が、少しずつ解けていくのが分かる。

「私も、一ノ瀬君に勧めてもらった本読んだよ」
「まじすか。どうでした?」
「読まないジャンルの本だったから、目新しくて面白かったよ。トリック難しかったけれど、分かった瞬間スッキリした」
「あの作者の話、難しいですよね。でも、ただのミステリーじゃなくて、登場人物たちの背景がしっかり描かれているので好きなんですよ」

 それから、しばらくお互いの本の感想を語り合った。かつて訪れたブックカフェの思い出が、鮮明に思い出される。あの時で終わるのではなく、しっかり本を読んでくれていたことが素直に嬉しかった。
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