優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
昼休み。デスクで資料を整理している私の元へ、彼女は鮮やかなヒールの音を響かせながらやってきた。その音は規則正しく、それでいてわずかに速い。迷いのない足取りが、そのまま彼女の性格を表しているようだった。
「白石さん、お疲れ様です。今回担当されたプロジェクト、数字が跳ねているみたいで流石ですね。私の元にも、評判は届いていますよ」
華やかな容姿に自信を纏った彼女の瞳は、凛としながらも微かに敵意を宿している。私と同じく、あるいはそれ以上に仕事に精進してきた女性の目だ。その奥にあるのは称賛だけではない。値踏みだ。明らかに、何かを見定めようとする色をしている。
「ありがとうございます、高城さん。マーケ側のサポートがあってこそです」
「いえ。実は次回の海外展開に向けた戦略会議、私から常務に進言してマーケと企画の合同チームを作ることになったんです。…もちろん、一ノ瀬もメンバーに入れていただきました」
さらりと言ってのける口調の裏に、既に全てを決め終えている余裕が滲む。彼女は唇の端を吊り上げ、私の反応を確かめるように微笑む。その笑みは柔らかいのに、逃げ場を与えない鋭さを持っていた。
「私が手塩にかけて育てた一ノ瀬は本当に有能でしょう。大型プロジェクトで出来た特別部署で出会ってから、ずっと面倒見てきましたから」
その話は、きっと一ノ瀬君が選抜された例のプロジェクトだろう。彼はその部署からここに戻ってきて、私と再会を果たした。忘れもしない。だってあれは、私の誕生日の日のことだったから。
「あんなに視野が広く決断の早い人を燻らせておくのはもったいないと常務もおっしゃっていました。今後は再び、私と一緒に動いてもらう時間が増えると思います」
心臓の奥が、冷たい氷で撫でられたように疼いた。仕事の話だと分かっているのに彼女の放つ一言一言が、私の内側を正確に抉ってくる。でもこれは仕事の話。私情を挟むわけにはいかない。
「分かりました。プロジェクトの今後の動向については適宜、一ノ瀬君に、」
「それは不要です。白石さん1人でもできるでしょう。有能なのはあなたも変わりありません。ただ、一ノ瀬の方がより有能なだけですから」
ピタリと言葉を被せられる。反論の余地はない、というより、与える気がない言い方だった。
彼女は一瞬だけ視線を細め、それから何事もなかったかのように背を向ける。残されたのは、整いすぎた空気と言い返せなかった自分へのわずかな悔しさだった。