優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 そんな時、一ノ瀬くんがこちらを見た。急なことに驚けば、、高城さんの視線もこちらに向けられる。そして、思い出したように口を開いた。

「あら、白石さん。ごめんなさい、仕事の邪魔になりました?でも、これも仕事ですから。彼のような『本物の有能』には、相応しいステージが必要だと思うんです。白石さんも彼の成長を願うなら、私の提案を止める理由なんてありませんよね?」

 ペラペラと語る彼女の瞳には一切の迷いがなかった。自分が正しいと信じ、欲しいものを欲しいと口にする。その姿は、かつての私が仕事に抱いていたプライドに似ていた。
 しかし、あまりにも汚く見えてしまうのは気のせいだろうか。純粋な応援の気持ちではなく、明らかに不純な感情が混ざっているのが見え透いている。

(でも、その言葉は間違ってない。…これを邪魔する意味はないわね)

 圧倒的な自信と、溢れ出す野心。今の私には、言葉を返す余裕がなかった。

「……ええ、そうですね。一ノ瀬くんが望むなら、私は構いませんよ」

 精一杯先輩としての顔を作り、声に力を込めたつもりだったが、自分でも情けないほど震えていた。
 一ノ瀬くんは無表情のまま私を見つめる。瞳の奥に、わずかに落胆の色が混じったように見えた。気まずくて目を逸らせば、隣にいる佐藤さんからも「白石さん!」と咎められる。それでも、意見を変える気はなかった。

 高城は満足そうに微笑むと、「じゃあ、一ノ瀬。19時に1階のロビーで」とだけ言い残し、颯爽と去っていった。


 嵐が去った後の静けさ。私は震える指先を隠すようにマウスを握りしめた。これで良かった、と何度も言い聞かせる。

「……先輩」

 一ノ瀬くんの低い声。でも、彼の顔を見ることはできなかった。私に嫉妬する権利はない。さらには、これは仕事上のこと。公私混同はお互いに嫌がることに違いなかった。

「一ノ瀬君。私にできるのはここまでみたいね」
「……」
「頑張って。今度こそ、本心から『おめでとう』って見送るから」

 その言葉に、彼は何も言わなかった。
 ただ、静かに立ち去るだけだった。
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