優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください

「こんばんは。お二人とも、食事の帰りですか?」

 驚くほど声は安定していた。高城さんは一瞬だけ目を細め、それから余裕の笑みを浮かべる。

「こんばんは、白石さん。もしかしてまだ残業されてたんですか?」
「ええ。少しだけ、片付けが残っていて」
「残業なんて、仕事ができない人がすることですよ」

 くすりと笑う声。頬がほんのり赤く、お酒が入っているのが分かる。軽く放たれたその言葉は、けれど確実に棘を含んでいた。

「非効率で見ていて無駄が多いというか…。あまり感心しませんね」

 刺すような物言いにも、私は小さく微笑んで返す。

「そうですね。私もそう思います。でも、そうしないと追いつけないので」
「ふん、自覚があるならまだマシです。ほら、一ノ瀬も何か言っ__」

「高城さん」

 その言葉を遮ったのは、一ノ瀬くんだった。低く抑えられた声なのに、はっきりと空気を変える響きを持っている。私のことを呼ばれたわけではないのに、思わず肩を跳ねさせてしまう程の圧を感じた。

「……いい加減にしてください」

 静かなのに、温度がない。その一言だけで、場の緊張が一段階引き上がる。

「僕は、僕の先輩を貶されるのが本当に嫌いなんです」

 迷いのない言葉だった。
 その瞬間、高城さんは一瞬だけ言葉を失い、絡めていた腕をゆっくりと解く。そして次の瞬間には、感情を隠さない声をぶつけてきた。

「……なんでよ。こんな女のどこがいいのよ! 私の方が、一ノ瀬の隣に相応しいじゃない!!」

 響くその叫びに、一ノ瀬くんは目を細めて長く息を吐く。まるで理解力の乏しさを嘆いているような様子に見えた。

「相応しいかどうかなんて、どうでもいいんですよ」

 淡々とした声音で言い切る。

「僕が白石先輩の隣にいたい。それだけです」
「そんなの、一ノ瀬くんの価値が下がるじゃない!」
「ははっ、おかしなことを言いますね。先輩と僕が組めば、誰にも負けませんよ」

 そのまま彼は私の目の前に歩いてくると、自然な動作で手を取ってきた。指と指が絡められ、恋人繋ぎにされていることに気づき、思わず息が止まった。見上げれば、彼は相変わらず悪戯っぽく笑っている。

「それに、僕が先輩にベタ惚れなんです。付け入る隙があると思わないでください」

 あまりにも真っ直ぐな言葉に、胸の奥が強く揺れる。その空気を耐えきれなくなったのか高城さんは声を荒げ、八つ当たりをするように足を踏み鳴らした。
 ただただ騒ぐ女性が1人。完璧だったはずの彼女の姿は、もうそこにはなかった。
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