優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
「うるさいな……」
一ノ瀬くんが小さく呟き、それから何事もなかったかのように私を見た。
「先輩、僕の家に来ませんか」
「え、でも……」
「高城さんのことは放っておきましょう。正直、もう限界です」
心底うんざりしたような声音だった。そのまま手を引かれるが、私は足を止める。このまま立ち去ってはいけない気がした。
そっと手を解き、振り返る。
「…先輩?」
「ごめん。少しだけ」
そのまま高城さんの元へ歩み寄る。涙と怒りで崩れた顔、それでも奥にある強さは消えていないように見えた。私が近づいたことに気づくと、やはり仇のように睨んできた。
「高城さん」
そんな彼女と、まっすぐに視線を合わせて言葉を紡ぐ。
「私、あなたの仕事ぶりを本当に尊敬しています。真剣で熱意を持っていて、目的に走る高城さんはいつでも素晴らしかったです。だから、あなたが一ノ瀬くんとプロジェクトを行うことについて、私は肯定的に捉えています。でも、仕事には仕事として向き合ってください」
わずかに揺れる瞳を見据えたまま続ける。
「一ノ瀬くんが怒ったのは、きっとそれが理由です。あなたが私情を持ち込んできたから」
「それだけじゃないですよ」
すぐ後ろから声が重なる。
「僕の大事な先輩を貶したからです」
迷いのない言葉に、思わず小さく笑みが零れた。一ノ瀬くんが隣に並び、真剣な声で続ける。
「僕、先輩から教わったんです。人を落とすんじゃなくて、自分を上げる人になれって。まさにその通りだと思います」
そう言って、まっすぐに彼女を見る。
「だから、そのやり方はやめてください。仕事が嫌なわけではありません。むしろ歓迎です。本気でプロジェクトをやるなら、その時は全力を尽くさせていただきます」
「一ノ瀬…」
「でも、僕のプライベートには土足で踏み込んでこないでください。線引きはお願いします」
軽く頭を下げるその姿に、高城さんはそれ以上何も言わなかった。
再び手を取られる。今度は、先ほどよりもずっと強く、確かな意思を込めて。
「行きましょう、先輩」
その声に背中を押されるように、私は1歩を踏み出す。
もう振り返ることはなかった。
夜の外気が頬に触れ、冷たさの中にわずかな熱が混じる。繋がれた手の温もりだけが、確かにそこに残っていた。