優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください

「……顔を上げてください」

 思ったよりも落ち着いた声だった。高城さんがゆっくりと顔を上げる。その表情は、泣きそうで悔しそうな顔だった。こんな表情になって反省している彼女に、私が言うことなんて何もない。私は小さく息を吸ってから続ける。

「これからも同じ会社に所属する仲間なんですから。ここからは切り替えていきましょうよ」
「で、でも、」
「じゃあ、今度私にプレゼンのコツを教えてくれませんか?私、高城さんのプレゼンを尊敬しているんです」
「それは構いませんけど…」
「ありがとうございます。じゃあ、それでトントンで!」

 わざと明るく言えば、高城さん越しに呆れた目を向けてくる一ノ瀬君と目が合った。

(何よ。私のオチの付け方に文句は言わせないわよ)

 例え10割高城さんが悪いとしても、私は後腐れなく終わりたい。
 私のことをじっと見つめていた高城さんは、困ったように笑った。それは素の表情なのか、見たことないほど柔らかいものだった。周囲がある程度ざわつきだしてから、彼女は声を潜めるようにしてとんでもないことを言った。

「……白石さんが一ノ瀬に惚れられた理由が分かった気がします」
「え?」
「いえ。…お幸せになってくださいね」

 それだけ言うと、高城さんは私の席を離れて行った。

「ちょ、高城さん!!それについてもう少し詳しくお伺いしてもいいですか!?」

 思わず後を追おうと立ち上がりかけた時、上から肩をグッと押された。おかげで立ち上がることができず、反射で上を見上げる。

「何してるんですか」

 そこには、呆れたような視線を寄こす一ノ瀬君がいた。

「一ノ瀬くん、離して。私は今、大事なことを聞きに行かないといけないの」
「何が聞きたいんですか。僕が代わりに答えますよ」
「いいから!ちょ、離しなさいよ!」
「嫌な予感がしたので来てみたのですが、どうやら正解だったようですね」

 ギャアギャアと言い合いをしていれば、周囲の視線が再びこちらに集まっていることに気づく。さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら、今度は「また始まった」という呆れと好奇の入り混じった見守るような生暖かい空気に変わっていた。

「ほら。目立ってますよ、先輩」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「少なくとも僕ではありませんね」

 しれっと言い切る一ノ瀬くんに、思わず睨みつける。けれど彼はどこ吹く風で、肩に置いた手にほんの少しだけ力を込めた。

「それ以上騒ぐなら、本気で止めますけど」
「十分止めてるじゃない」

 低く抗議すると、彼は小さくため息をついた。そのまま、少しだけ身を屈めて私の耳元に声を落とす。

「キスで物理的に騒げなくてしてもいいんですよ?」
「っ!? いい!!いらない!!私が悪かったから仕事に戻って!!」
「んははっ、はーい」

 上機嫌で席に戻った一ノ瀬君を見やり、私は長いため息を吐いたのだった。
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