優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
「……それは」
低い声が、すぐ近くで落ちる。
「どういう意味で受け取ればいいんですか。……どこまで、期待していいんですか」
「……どこまでも、いいよ。好きにして」
半ばやけくそで顔を上げると、彼はひどく熱を帯びた瞳で私を見つめていた。今までのじゃれるような熱ではない。明らかに逃がさないといった独占欲と劣情を孕んだ重い熱。
「後悔しないでくださいよ」
問い返す間もなく、そのまま歩き出される。さっきまでの穏やかな速度じゃない。明確な意思を持った、迷いのない足取り。それでも、こちらを気遣う足取りだ。
「ちょ、ちょっと、どこ行くの」
「僕の家です」
振り返りもせずに言い切る声に、思わず言葉を失う。気づけばタクシーに乗せられ、次に地に足をつけたのは見慣れたマンションの前だった。
エントランスを抜け、エレベーターに乗る。密室の中でさっきよりもさらに距離が近いことに気づいて、息が詰まりそうになってしまう。
沈黙が重い。けれど、繋がれた手から伝わる彼の体温が嫌じゃなかった。階数が上がる音だけが、やけに大きく響く。やがて扉が開いて、彼は迷いなく自分の部屋の前まで進んだ。鍵を開けて、ドアを押し開ける。
「どうぞ」
いつもと変わらない言い方なのに、その響きは決定的に違っていた。私はほんの一瞬だけ立ち止まって、それから運命を受け入れるように1歩踏み出した。その背後で静かに、けれど逃げ場を塞ぐような重い音を立ててドアが閉まった。