優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
心の中でそう決めていると、彼の指先が頬から耳のあたりへと滑っていく。その何気ない触れ方ひとつで、びくりと身体が反応してしまうのが悔しい。気づけば、さっきよりもさらに距離が縮まっていた。逃げ場を探そうにも、ソファーの端と彼の体温に挟まれて身動きが取れない。彼の視線が私の唇へと落ちる。その変化に気づいた瞬間、喉の奥がきゅっと締め付けられた。
「…先輩」
私のことを呼ぶ声が、いつもより少しだけ掠れている。吐息が触れるほど近くで囁かれ、全身の肌が粟立つ。彼は私の肩を優しく、けれど拒絶を許さない力強さで抱き寄せた。
「震えてますね。緊張していますか?」
「あ、当たり前でしょ。……一ノ瀬くんが落ち着きすぎなのよ。私だけが、こんなに緊張して、」
少しだけ悔しくて彼の胸元を弱く叩くと、彼はふっと喉の奥で笑った。それから私の手に自分の手を重ね、自身の胸板に押し付けてきた。最初何をしているのか分からなかったが、私と同じ…いや、それ以上に強く速く刻まれている鼓動が伝わってきてハッとした。
「落ち着いてるわけないでしょう。……これでも、ずっと緊張しているんですよ」
「え…」
「結ばれないと思っていた好きな人を抱くんです。緊張もしますし、余裕だってありません」
告げられた言葉の甘さに、頭がクラクラする。彼は私の顎を指先で持ち上げると、逃がさないとでもいうように深く深く唇を重ねてきた。熱を含み、私の全て奪おうとするような大人の口づけ。鼻腔をくすぐる彼の香水の匂いと体温。それらが混ざり合って、私の思考を麻痺させていく。
唇が離れると、再び熱を帯びた目で射抜かれる。ゾクリと震える中、つい言葉が零れ落ちた。
「…ねえ、一ノ瀬くん」
「はい」
「本当に、私でいいの?」
今さらな問いかけに、彼は私の瞳をじっと見つめ返した。その瞳には、隠しようのない独占欲が渦巻いているのが明らかだった。
「他の誰かがいいなんて一度でも言いましたか? 僕は先輩がいいんです」
「…」
「信用できなくてもいいですよ。今から証明しますから」
流されるまま寝室に移動し、ベッドに優しく押し倒される。シーツの冷たさが一瞬背中に触れたけれど、すぐに上気した体温がそれを上書きした。彼の手が私の腰を引き寄せ、互いの鼓動が重なり合う。いつもは優秀な後輩が今は1人の男として、圧倒的な存在感で私を支配している。
「先輩。……絶対に後悔させません」
その誓いのような言葉を最後に、私たちは溶け合うように初めての夜へと沈んでいった。