優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください

「……これ、一ノ瀬くんが作ったの?」

 リビングに漂う香ばしい匂いに、私は思わず声を上げた。テーブルに並べられたのは、手際よく作られたナスの揚げ浸し、ふっくらとした出汁巻き卵、そしてメインの生姜焼き。どれも定食屋で出てきそうなほど完成度が高く、色鮮やかだ。

「何ですか、その意外そうな顔。自分のことに無頓着な先輩と一緒にしないでください」

 彼はエプロンを外しながら、呆れたように笑って私の向かい側に座った。ジャケットを脱いでシャツの袖を捲り上げたその姿は、オフィスで見せる鋭利な雰囲気とは程遠く、どこか家庭的な温かみを感じさせる。

「髪、乾かしましょうか?」
「いやいや、いいよ!髪は束ねておけばいいし、先に食べたい!温かい内に食べた方が絶対美味しいでしょ!」

 温かな手作り料理なんて、いつぶりだろう。わくわくしながら一ノ瀬君の顔を見上げれば、嬉しそうに笑われた。

「風邪ひいちゃダメですよ」
「分かった!」

 こんなに美味しそうな料理を前に、テンションが上がらないわけがない。まるで子どものようになってしまうが許してほしい。向かい合って席に着く。

「じゃあ、」
「「いただきます」」

 促されるまま、まずは出汁巻き卵を口に運ぶ。じゅわっと溢れ出す出汁の旨味とほんのりとした甘み。コンビニのカップ麺や適当な惣菜で済ませていた私の胃袋が、驚きで跳ねた気がした。

「ん~~!!美味しすぎる~!!!!」
「ははっ、やけに素直ですね。口に合ったなら良かったです」

 彼は満足げに箸を進める。その食べ方は綺麗で、育ちの良さが窺えた。私は生姜焼きのタレが絡んだ千切りキャベツを咀嚼しながら、何気なくキッチンの方へ目をやる。そこは特に散らかった様子もなく、普段から料理し慣れていることが伺えた。

「一ノ瀬くんって、本当に何でもできるのね。料理もできるなんて知らなかった」
「何でもはできませんよ。ただ、必要だと思ったことは習得するまでやり込む性格なんです」

 天才肌だと思っていたが、案外地道に努力するタイプなのかもしれない。もちろん、努力をしていないとは思っていなかったが、こうして改めて言われると驚いてしまう。
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