優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
「意外、とか思ってます?」
「い、いや~…?」
「ふふっ、顔に出てますよ」
小さく笑うと共に、彼はナスの揚げ浸しを口に運ぶ。味の出来栄えに納得いったのか、小さく頷いた。そんな様子を見つめていると、クスリと笑った彼は目を細める。
「先輩は本当に分かりやすいですね」
「そうかしら。周りからは、分かりにくいって言われることが多いわよ」
何度も言われた。
どうしてそんなに仕事が好きなのか理解できない。
どうしてそこまで仕事に打ち込めるのか理解できない。
『感情が読めない堅物な仕事人間』
何度そう呼ばれた事だろう。
「それは、周りの人が先輩の本質を見ようとしないからですよ」
その言葉は、何とも優しさに満ち溢れていた。ああ、こんな言葉が欲しかったのかな、なんて。
何となく照れてしまい、そっと目を反らす。何でそういうことを、恥ずかしげもなくサラッと言ってくれちゃうかな~…?
「さっきみたいに素直な反応できるんですから、もっとオープンにすればいいじゃないですか」
「あれは料理にテンション上がっただけで…!っていうか、それを言うなら一ノ瀬君だってもっと感情出せばいいんじゃない!顔はいいんだし、そうすればもっとモテるわよ!」
売り言葉に買い言葉。思わず対抗するように言えば、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
その様子が予想外で、慌てて自分の言葉を振り返る。…あれ、私、今なんて、、
(『顔がいい』って、本人に、?)
自分の失言に気づくと共に、ニヤニヤとした視線が突き刺さる。今まで見たことがないぐらい意地の悪い表情だ。全力で黙秘を貫くが、彼をスルーしてくれるわけもなかった。
「せんぱ~い。僕の顔、良いと思ってくれてたんですか?」
「……っ!変な意味じゃないわよ!客観的な事実として言っただけ!」
心臓の音が自分でも聞こえそうなほどうるさい。勢いで口走った失言をかき消そうと必死に箸を動かすけれど、一ノ瀬くんの視線は逃がしてくれそうにない。
「客観的、ですか。でも嬉しいですよ。褒められて悪い気はしません」
「もう、違うってば! ああ、ほら!生姜焼き冷めちゃうよ!」
露骨に話題を逸らそうとした私を、彼は慈愛に満ちた目で見てくる。明らかに上司に向ける目ではないそれに、何とも言えない恥ずかしさを煽られる。
「冷めてもいいですよ。今は先輩の顔を見てる方が楽しいですし」
箸を置いた彼はテーブルに肘をつき、手のひらに顎を乗せてじっと私を見つめてきた。少しだけ乱れた前髪の隙間から、熱を帯びた瞳が真っ直ぐに私を射抜く。その距離が、オフィスでのそれよりもずっと近く感じてしまう。
「ねえ、先輩」
「…な、なに」
「僕のこと、まだ『苦手な後輩』という認識ですか? 」
低くて甘い声。いつもは冷徹に聞こえる敬語が、今はとろりとした甘い蜜のように響く。彼は、私が困るのを分かっていてわざとこの言葉を選んでいるのだ。そこまで分かっているのに、逃げられない。
「……生意気」
「知ってます。…でも、そんな僕も嫌いじゃないでしょう?」
確信的な問いかけ。否定しようとしたけれど上手く言葉が出てこないため、誤魔化すように箸を進めるしかなかった。