優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
絆されて、踏み込まれて
 そんな出来事から数週間が経った。
 連絡先は交換したものの、特別なやり取りもないまま今日に至る。言ってしまえば、ただの上司と部下。その関係で私的に語り合うことなど、あるはずもない。それを当然だと理解しながらも、胸には小さな寂しさがくすぶっていた。
 気づかぬ内に、絆されていたのだろう。今回の1件でそれを痛感してしまった。

「ということで、試作A案についてはまだまだ課題点が多く残されています。今後はこの懸念点をどのように解消していくかを課題としています」

 いつの間にか落ち込んでいた思考がクリアになる。ハッとなって顔を上げると、ちょうど試作A案についての議論を進めてくれているチームの発表者が席に座るところだった。
 危ない。話はしっかり聞けているものの、別のことを考えるだなんて私らしくない。それも仕事中に業務外のことを、だ。リーダーとしての意識が低かったと反省し、再度気合を入れて手元の資料に目を向ける。

 会議室には、相変わらず新製品の試作サンプルと膨大な市場データが並んでいた。回を重ねるごとに専門的になっていく会議と、それに伴って色を濃くする独特の緊張感。そんな重い空気を切り裂くように、一ノ瀬くんが立ち上がった。彼は真っ直ぐな視線をメンバーに向ける。

「次に、試作B案の資料をご覧ください。試作B案といえば、第一にコスト面での懸念は浮かぶかと思います。しかし、ターゲット層を刺激するには、コストがかかるとしてもこの要素が不可欠です。製造部には僕が掛け合う予定ですが、皆さんの考えも教えていただけますか?」

 彼はホワイトボードに、流れるような速さで懸念点や解決策をまとめていく。その仕事の早さに、心の中で感嘆の声を上げた。

 (なんとまあ、見やすいボードだこと。本当に隙がないわね)

 私は全体の進捗を確認しながら、ペンを走らせる彼の様子を横目で見る。
 私が迷っていたプロモーションの優先順位も、彼の助けで上手く整理できた。さらに一ノ瀬君は、いつの間に用意したのか、競合他社のSNSでの反響をまとめた資料まで作ってくれていた。そのおかげで、今回の会議はいつも以上にスムーズに進んでいる。
 私が指示を出す前から彼はすでに次を、さらにその先まで見通して動いている。彼の無駄のない行動と周囲を納得させる筋の通った説明には、思わず感心してしまうほどの説得力があった。

「ご意見ありがとうございます。今いただいた意見を基に、改善策を考えていきたいと思います。試作B案については以上です。…先輩、一旦休憩にします?」

 そんなことを思っていると、急に話を振られた。動揺を隠すように時計を見れば、会議が始まってから結構経っていた。ここらで一度休憩を入れた方がいいだろうと頷く。

「そうね。良い時間だし、10分程度休憩を取ってから再開しましょう。その流れで問題ありませんか?」

 メンバーが頷くのを確認してから、休憩の指示を出す。一気に和やかな雰囲気となった会議室が、適度にざわつきだした。
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