優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 私もリラックスするように背凭れに体重をかけると、彼が資料と共に身を寄せてきた。
 
「先輩。ここの数値、修正しておきました。あと、他社に関する資料はすでに共有フォルダにアップしてあります」
「色々ありがとう。でも、この資料はいつ作ったの?最低でも3日はかかるでしょう?」

 尋ねると、彼は少し考えるように間を開けた。そして、私にだけ見える角度で不敵に微笑む。

「手の空いた時に少しずつ進めておきました。意外と頑張ったんですよ。褒めてくれます?」

 オフィスモードの冷徹な顔の裏側で、この前のことを思い出させるような親密な響き。『褒めてくれます?』なんて、直接的に言ってくることは今まで無かった。一瞬言葉に詰まるも、やってくれたことは事実だしとおずおずと口を開く。

「……ありがと。その、助かってるわよ」
「うーん。本当はもう一声欲しいですが、今日の所はいいでしょう」
「なんで上から目線なのよ」

 楽しそうな顔をしている彼に呆れてしまう。どんな言葉を求められているか分からないため、何が合格ラインに到達できた要因なのかが分からない。でも、聞いたところで教えてはくれないのだろう。

「っていうか、言ってくれたら私も一緒にやるわよ」
「先輩は先輩で仕事があったでしょう?これぐらい何てことないので、たまには意図的に僕のことを頼ってください。独りで抱え込まないって約束したばかりですしね」

 彼はそう言うと、気の抜けた顔で伸びをした。その様子が珍しくて、思わず笑ってしまう。すると、私の笑いに気づいたらしい一ノ瀬君は不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。

「何ですか」
「一ノ瀬君って猫みたいね」
「猫、ですか?」
「うん」

 思い返してみれば、一ノ瀬君の飄々とした感じや纏っている雰囲気は猫と近しいものを感じる。

「……一応聞きますけど、それって褒めてます?貶してます?」
「ん?思っただけだから、別にどっちでもないけど…」

 決して悪口のつもりで入っていない。でも、もし一ノ瀬君が猫嫌いだったら悪口になっちゃうな、なんて回り切っていない頭で考えていると、じーっと見つめられる。ああ、その目つきもどことなく猫に似ている。

「先輩は猫好きですか?」
「好きよ。猫派か犬派かだったら、断然猫派」

 そう言うと、彼は急に機嫌を良くした。その変わりように驚いていると、「ならいいです」と付け加えられる。何がいいんだか。それでも隣で上機嫌にお茶を飲む彼を見て、やはり猫のようだと思ってしまった。
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