優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 連れてこられたのは、オフィス街の喧騒から少し離れた路地裏にある隠れ家のようなイタリアンだった。テラス席から差し込む光が、清潔感のあるリネンのクロスを白く照らしている。平日の昼間だからか客は少なく、快適な空間が広がっていた。

「こんなにいいお店、ランチで来る場所じゃないでしょ」
「たまにはいいじゃないですか。味も雰囲気も良いですが、意外にもお手頃価格なんですよ」

 彼はメニューを開きながら、コソッと教えてくれた。たしかにメニューに書かれている値段はどれもお手頃価格。でも、毎日コンビニで済ませている自分からするとなかなかに良いお値段だ。まあ、きっと彼の方が正常な感覚なのだろう。それは自覚しているため、胸中の言葉は呑み込んでおく。

 注文を通してからメニューを閉じた。早速ではあるが、向かいの席でニコニコ笑う彼にため息を漏らしてしまう。

「あのねぇ、一ノ瀬くん。会社ではもっと距離を取ってくれないかしら。さっきだって、皆から変な目を向けたでしょう」
「変な目?ってなんですか?」
「それは、」

 なんだか、これを自分の口から言うのが嫌すぎる。それに、彼の反応的に気にしているのはこちらだけの可能性もある。それに気づくと同時に、何も言えないまま口を閉じるしかなかった。
 その反応から何を思ったのか、一ノ瀬君は私の代わりだとでも言うように口を開いた。
 
「ああ。仕事の息が合いすぎるって話なら光栄ですけどね」
「それじゃな、、待って。どうして一ノ瀬君がその話を知ってるの?」

 運ばれてきたカルパッチョを口へと運ぶ彼の言葉に驚いてしまう。
 なぜ、早々に退室した一ノ瀬君がその話を知っているのだろうか。もしや、あの会議室の中だけでなく、各所で似たような話が流れているのだろうか。そんな私の心配をよそに、彼は何でもないように答える。

「前に『どうしてそんなに白石さんと息が合ってるんですか』って聞かれたことがあったんです。だから、そのことかなって思ったんですけど…あれ、違いました?」

 もう、そういうことにしておこう。私が諦めたように頷くのを見て、彼は不思議そうな顔をする。

「もしかして、先輩が僕の教育係だったことは言わない方が良かったですか?」 
「それは別にいいんだけど…うん」
「まあ、多少疑問を持たれたとしてもいいじゃないですか。効率的に仕事が進めば先輩の定時退社にも繋がりますし、全体を見ればメリットの方が大きいと思いますよ」

 彼はグラスの水を一口含み、微笑んだ。その笑顔が、計算なのか無自覚なのか分からないところが厄介だ。
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