優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 どういうことなのだろう。
 それだとまるで、

「…一ノ瀬君、私のこと好きなの?」
「……言葉にしなかった僕も悪いとは思いますが、そこから疑います?」
「ええー…」

 若干熱くなる頬を隠すように顔を背ける。それを察したのか、彼はクスリと笑った。

「告白は別のタイミングを予定しているので、少し待っていてください。先輩も、こんな残業のオフィスでは嫌でしょう?」

 デスクに肘をつき、私の顔を覗き込んでくる一ノ瀬君。モニターの光に照らされた彼の瞳は、悪戯っぽく笑っているようにも、真剣なようにも見える。複雑な感情に何を言うべきか。

「……もう言ってるようなものじゃない」
「まあまあ、いいじゃないですか」

 どうやら、私が帰るまで待つ気らしい。さも当然のように資料に手を伸ばす彼に呆れてしまった。こんな状態で仕事が捗るわけない。それに、きっとすでにタイムカードを押したのだろう。それでも仕事を手伝おうとする姿勢もいただけない。

「はあ…。仕方ないわね、今日はもう帰るわよ」
「あれ、いいんですか?」
「明日に回しても差し支えない量だし、キリつけたから」

 パソコンをシャットダウンしつつ、机の上を片付ける。本当に帰ろうとしているのが伝わったらしく、一ノ瀬君もジャケットを羽織りながら鞄を取ってきた。それでも尚、困惑したように首を傾げる彼。その様子が珍しくて、思わず笑ってしまう。

「大丈夫よ。本当にキリが良かったの。無駄に残業しても仕方ないもの」

 そう言えば、困惑しつつもほっとしたような表情に変わった。

「あんまりにも珍しいので、僕が何かしたかと思いましたよ」
「心当たりはあるの?」
「ないですよ。だから驚いたんです」

 素直に答える彼に、告白擬きの影響で集中できなくなったことは黙っておこうと思った。
 そういえば、彼から伝えられる言葉はどれも飄々としているものの、それら全ては本心からのものだった。一度だって、揶揄うように唆されたことはない。

(…変わったんだろうな)

「先輩?」

 再び不安そうな声にハッとする。顔を上げると、眉を下げた一ノ瀬君と目が合った。

「……やっぱり体調が悪い感じですか?」
「ぇ、ううん。あのー…ちょっと考え事してただけ。体調は問題ないから気にしないで」

 ありがとう、と付け加えれば、彼は若干の疑いの目を向けてきた。それでも再度首を振れば、ようやく見逃してくれた。
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