優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください

(ああ、もう逃げられない)
 
 私が心の中で観念したのを感じ取ったらしい一ノ瀬君は、じっと見下ろしてきた。

「そのワンピース、似合ってますね。メイクも、いつもより可愛らしくていいですね」
「……気づくんだ」
「え、はい。仕事の時、どれだけ先輩のこと見てると思ってるんですか」

 平然と言う彼に若干引きつつ、ほんの少しの変化に気づいてくれることに嬉しく思ってしまう。お世辞を言っているような顔ではないことは伝わってくる。それが分かってしまうからこそ、その屈託のない称賛に照れてしまう。

「……い、一ノ瀬君も、私服……その、いいじゃない」
「ふふっ、ありがとうございます。でも、もっと欲しいですね」
「あー…格好いい、と思うわよ」
「ありがとうございます。満足しました」

 彼は悪戯っぽく笑うと、当然のように私の隣に並んだ。その距離が、オフィスで資料を覗き込まれる時よりもずっと近く感じて、私は逃げるように視線を前へと向けてしまう。

(あれ、そういえば、)

 ふと、怖いもの見たさで周囲を見てみる。すると、先ほどまで彼にまとわりついていた視線は格段に減っていた。私のことを、彼女だとでも思ったのだろうか。

「先輩。改めて聞きますが、どこか行きたい所とかありませんか?」
「ええ」

 素直に頷く。
 元々は「先輩の行きたい所に行きましょう」と言ってくれた一ノ瀬君。しかし、私の希望が何もないため、今日の行き先は彼に全てお任せしたのだ。改めて今日行きたい所はないのか、と聞いてくれたが、やはり希望はない。インドアという訳ではないが、積極的に外出したいわけではない中間層なのだ。

「じゃあ、僕チョイスの場所に行きましょう。きっと、先輩も気に入りますよ」

 そんな言葉と共に、彼と共に歩き出した。
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