優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
「まずはここです」

 彼に連れられてやってきたのは、大通りから1本裏に入った場所にある物静かな雰囲気のブックカフェだった。その外観にどこか見覚えがある。しばらく考えて、思いだした。

「ここ、気になってたところよ。アールグレイと季節限定のタルトが有名なお店よね?」
「なんだ、ちゃんと気になってる場所とかあるんじゃないですか。先輩も気になっていたなら、ちょうど良かったです」

 ベルの音と共に店内に入ると、壁一面の本棚と心地よいジャズの音色が私たちを包んだ。すぐに歩み寄って来た店員によって案内され、窓際の落ち着ける席に案内された。

「いい雰囲気のお店ね」
「そうですね。休日でしたが、時間帯も早いから空いていて良かったです」
 
 会話をしながら、お互いにメニューを開く。色とりどりな写真が広がる中、やはり季節限定のタルトが一際目を引いた。

「どれも美味しそうですね」
「そうね。私はやっぱりタルトかしら」
「飲み物はアールグレイにします?」
「ええ」

 頷くと、一ノ瀬君は店員を呼んでくれた。そのまま注文を通してから、メニューまで回収してくれる。気遣ってもらってばかりで申し訳ないが、彼は特に気にしていない様子だった。

「それにしても、よく私の好みのカフェが分かるわね」
「ははっ、先輩のことをずっと見てきましたから」

 サラッと言われた言葉に、何も返せなくなってしまう。先日の1件から隠さなくなったのか、それとも私の受け取り方が変わったのか。分からないが、どうにもいつも通りの感覚でいられない。

「い、いつからそんな…」
「……気づいたら、ですかね」
 
 少し照れたように言う一ノ瀬君が可愛らしく見えてくる。そんな表情もできるんだな、と思うと共に、彼の仕事モードが切れているのだと察した。
 雨の日にお世話になった時のように、彼にとっては今はオフ。その分だけ表情が柔らかくなっているのだろう。少しでも素を出してくれている現状に嬉しくなった時、店員が近づいてくるのが見えた。
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