優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
「失礼します。アールグレイと季節限定のタルトになります」
2つずつ運ばれてくるそれに、一ノ瀬君も同じものを頼んだのだと今更気づく。テーブルに並べられるタルトからは甘い匂いが運ばれてきた。
「ごゆっくりどうぞ」
店員の背中を見送り、思わずじっとタルトを見つめてしまう。
「写真撮りますか?」
「うーん…じゃあ1枚だけ記念に取ろうかな」
SNSに投稿する目的ではなく、記念として写真を残す。一ノ瀬君も同様に、スマホで写真を撮っているようだった。お互いにスマホを置いてから、どちらともなく小さく笑う。
「じゃあ、食べましょうか」
「ええ」
静かに振る舞っているが、正直待ちきれない。わくわくしながらタルトを一口食べると、甘酸っぱい苺と濃厚なクリームの味が口いっぱいに広がる。仕事に追われて自分の『好き』を後回しにしていた時間が、ゆっくりと溶けていくような感覚になる。あまりの思わず感嘆の息を漏らしてしまうほど。
「はぁ~~。美味しい」
「良かったです。先輩、今すごくいい顔してますよ」
彼はアールグレイを片手に、慈しむような眼差しで私を見ていた。その瞳があまりに優しくて、私はフォークを握る手に力を込めてしまう。
「そんなにじっくり見ないでちょうだい」
「すみません。でも、改めて先輩は食べることが好きなように見えますが、何で仕事の時はあんなに食事を簡単に済ませちゃうんですか?」
その質問に首を傾げる。そういえば、自分でもあまり考えたことが無かった部分だ。
「うーん…。多分、ゆっくり食べるのが好きなのかな。仕事の時って仕事のことを考えながら食べるから、あまり味とか気にしてないし…。お腹に溜まる物でいいかなって思ってる」
私の答えに、一ノ瀬君は微妙な顔を向けてきた。その視線に耐えかね、逃げるように紅茶に口をつける。アールグレイの香りがふわりと鼻をくすぐり、ベルガモットの爽やかさが喉を通り抜けていく。こんなにも丁寧に淹れられた紅茶を飲むのは、いつぶりだろう。
「まあ、折角の日ですし、小言は止めておきましょうか」
「…やっぱり何か言おうとしてたのね」
「気になります?」
「ううん、何となく察してるから言わないで」
くすくす笑う彼はおもむろに立ち上がった。そして、
「先輩、折角ですから本を見に行きませんか?」
そうだ、ここはブックカフェ。折角の設備を使わないのは勿体ないだろう。
頷いて立ち上がれば、さり気なく手を取られた。