優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
「……」
「好きですよ。ずっと前から」
真っ直ぐな目だった。仕事のプレゼンよりも迷いがない。逃げ道を用意しない声音。
私は視線を落とす。タルトの苺がやけに赤く感じられた。
「私、可愛くないし。仕事ばっかりだし。愛想もないし」
「そんなことないですよ。まあ、仕事ばかりなのは否定しません」
「そこまで言ったなら、完全にフォローしてよ」
思わずツッコむと、お淑やかな笑いが返って来た。
「でも、誰よりも誠実で、努力家です。僕はそれを見ているので、仕事をする先輩を完全に止めきれないんですよ」
彼は慈愛に満ちた瞳を向けてきた。温かくて優しい視線に、さらに心臓は早く脈打つ。
「だから今日、お時間を貰ったんです。先輩の『好き』を、ちゃんと思い出してほしかったので」
耳が熱い。
こんな風に、誰かに大事にされたのはいつぶりだろうか。
「……ずるい」
「何がですか」
「こんなの、断れなくなるに決まってるじゃない」
彼が一瞬目を見開き、それから嬉しそうに細めた。
「じゃあ、断らないでください」
テーブルの上で、彼の指先がそっと私の手に触れた。触れるだけの、遠慮がちな温度。それでも、電流のように心臓まで駆け上がる。
振り払おうと思えば、簡単だった。
けれど、私はしなかった。
窓から差し込む午前の光が、私たちの間に落ちる。
このブックカフェは、まるで世界から切り離された小さな箱庭な不思議な空間のように感じられた。
困った後輩。けれど、こんな日も悪くない。
私は、そっと彼の手を握り返した。
「一ノ瀬君が選んだおすすめの本、教えてちょうだい」
「はい、勿論です」
笑い声が、静かな店内に溶けていった。