優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 美術館で見た絵の話や気になった展示のことを語り合いながら、運ばれてくる料理をゆっくりと味わう。
 どれも繊細で、素材の味が丁寧に引き出されているのが素人目にも分かる。思わず、感嘆の声が漏れた。

「……本当に、どうやってこんなにいいお店見つけるの?」

 本音がこぼれると、彼はナプキンを整えながら肩をすくめる。

「秘密です。でも、今日は特別な日ですから。紗良先輩の好きそうなお店を念入りに探しました」
「……え、名前……」
「今日ぐらいはいいじゃないですか」

 いたずらっぽく笑う彼に胸の奥がいっぱいになり、上手く言葉が出てこない。代わりに、何度も頷いてしまう。もう、何年も名前を呼ばれたことが無かった。

 そんな響きだったっけ。変に大人ぶる頭の片隅で、年甲斐もなく嬉しくなってしまう。

「……ずるいなあ」

 目元が少し熱くなって、慌てて視線を落とす。そんな私を見て、一ノ瀬君は優しく言った。

「これからは毎年、こうやって祝わせてください」

 何気ない未来の約束のようなその言葉に、心臓が強く打つ。

 来年も。
 その先も。

 そう思ってもいいのだろうか。

 この時間がもう少しだけ続いてほしい、と。
 そっと願いながら私は小さく、けれど確かに頷いた。
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