優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください

「……先輩」

 呼ばれて、また目を合わせてしまう。

「仮でも、恋人なんですよね?」
「そ、そうね」
「じゃあ、」

 身構える私に、彼はふっと柔らかく笑った。さっきの挑発的な顔とは違う、優しい表情。

「手、繋いでもいいですか」

 拍子抜けするくらい、真っ当なお願い。なのに、心臓はまた忙しくなる。

「…確認するのね」
「嫌ならやめます」

 そう言って、掌を上に向けて差し出される。
 触れるかどうかは私次第、という形と先に取られてしまった。ずるい。

 少しだけ迷って、そっと自分の手を重ねた。
 温かい。思っていたより大きくて、しっかりしている。ぎゅっと握られるわけでもなく、優しく包まれるだけ。逃げ道を残した掴み方。

「……顔、真っ赤ですね。可愛すぎません?」
「うるさい」

 小さく睨むと、彼は楽しそうに笑った。でも、握る力は少しだけ強くなる。

「半年」

 ぽつりと彼が呟く。

「半年後、先輩がちゃんと笑って『好き』って言ってくれるように頑張ります」
「ハードル高いわよ?」
「上等です」

 その迷いのなさに、また胸が揺れる。
 公園は静かで、遠くを走る車の音だけがかすかに聞こえる。街灯の下、繋いだ手の温もりだけがやけに鮮明だった。

「……一ノ瀬君」
「はい」
「今はまだ、好きって返せなくてごめんなさい」
「いいんです」
「でも」

 彼の手を、ほんの少しだけ握り返す。

「嫌いじゃないの。……今日、すごく楽しかった」

 一瞬、彼の呼吸が止まる。
 それから、照れたように目を細めた。

「それだけで十分です」

 その声は、どこまでも優しかった。

 仮恋人1日目は思ったよりも穏やかに、そして確かに始まっていた。


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