優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 湯気で火照った体のまま、リビングのソファに倒れ込む。バスタオルで髪を拭う気力もなく、ぼんやりと天井を眺めていると、ローテーブルの上でスマートフォンが短く震えた。

 手に取ると、画面には『一ノ瀬 涼』の名前。今、1番見たくなかった名前だ。

≪今日は定時で帰られたんですね。大丈夫ですか?≫

 そのメッセージを読んだ瞬間、小さく笑ってしまった。
 定時退社したことを心配するなんて、おかしな話だ。

 指先を動かし、画面に文字を打ち込む。
 心の中は、今にも決壊しそうなほど冷え切っているのに、指が選ぶ言葉はそれも元気そうなものだった。

≪大丈夫だよ!久しぶりにゆっくりしたくて早く帰っただけ。一ノ瀬くんもお疲れ様。明日もよろしくね!≫

 語尾に付けた慣れないビックリマークが、自分でも驚くほど空々しい。
 送信ボタンを押した直後、スマホを画面が見えないように伏せた。

(……明日、どんな顔して会えばいいんだろう)

 暗いリビングに、スマホの通知ランプがチカチカと青白く点滅している。それに気づいて尚、返信する余裕はなかった。

(髪の毛、乾かさないと)

 そう思っているのに、瞼はどんどん下がっていった。
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