優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください

 けれど、デスクに座り、いざパソコンの画面を立ち上げた瞬間、頭の中が真っ白になった。
 画面に並ぶ文字の羅列が、意味を持った言葉ではなく、ただの無機質な記号の列にしか見えない。いつもなら一瞬で読み取れるはずの売上推移のグラフも、焦点が合わず、視界の奥でぼやけて揺れている。

 理解しようとしても、情報が頭の中に落ちてこない。その代わりに、思考の端で昨日の声が何度も反響していた。

 __一ノ瀬くんがリーダーでも良かったくらいだ
 __彼女1人では無理だったろう

 重役たちの何気ない評価。それが、私の思考回路に絡みつく重い鎖のように、脳の回転をじわじわと鈍らせていく。

(っ、集中しなきゃ。私が止まったら、プロジェクトが止まる……)

 奥歯を強く噛み締め、コーヒーを一気に流し込む。けれど、昨夜ほとんど食事が喉を通らなかったせいか、胃のあたりがじりじりと焼けるように熱い。胸の奥に溜まるのは、焦燥と自己嫌悪。自分の不甲斐なさに嫌気が差して、八つ当たりするようにキーボードを強く叩きつけた、そのときだった。

「……先輩」

 心臓が跳ねた。1番聞きたくて、そして1番聞きたくなかった声。
 顔を上げると、一ノ瀬くんが私の隣に立っていた。見上げた彼の顔が、なぜか少しぼやけて見える。

「え、」
「どうしたんですか。顔、怖いですよ」

 いつもと変わらない落ち着いた声。けれど、その指摘に何も返せない。言葉の意味が、うまく頭の中で組み立てられない。

「あ……うん。そうだね」
「? 先輩?」

 何か言われている。それは分かるのに、音が頭の中で反響するだけで、内容が掴めない。
 焦りだけが、胸の奥でじわじわと膨らんでいく。

 一旦、話を聞いて。
 それで、ちゃんと返事を、
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