優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
そして、私の額にそっと手を当てた。冷たい手のひらが、熱を帯びた肌に心地いい。

「まだ少し熱がありますね。重役の言葉でストレスがかかりすぎたんでしょう。それはそれとして、先輩は常日頃の生活習慣が酷いんですよ。もっとまともな生活を送ってください」
「え、急に説教!?」
「前々から思っていたことです。身体は資本ですよ。それを壊してどうするんですか」
「生活習慣は……まあ、酷いかもしれないけどさ…」

 優しい声なのに、言っていることは容赦ない。思わず視線を逸らすも、鋭い視線が突き刺さる。

「っていうか、どうして重役の話を知ってるの…?」
「先輩が僕に何も言わずに定時で帰るなんておかしいと思ったので、少し調べさせてもらいました。……本当に、馬鹿な人たちですよね」

 彼は低く呟く。

「先輩の努力を何も分かっていません。僕がリーダーでも良かったなんて、そんな言葉、僕が1番否定したいですよ。僕をここまで引き上げてくれたのは、他の誰でもない先輩なんですから」

 彼は布団の上から、私の手をそっと握り直した。私が言葉を返す間もなく、彼は迷いなく続ける。

「新人だった僕を、きちんと教育してくれたから今があるんです。もし先輩が僕の教育係じゃなかったら、僕は今頃、全然違う評価をされていたと思います。先輩が、僕に努力の仕方を教えてくれたんですよ」

 その言葉が、冷え切っていた心の隙間にゆっくりと染み込んでいくのを感じた。

(……ああ、そうか)

 私は、彼の才能に怯えていたわけじゃない。彼の完璧さに甘えて、自分を見失ってしまうことが怖かっただけだったのか。けれど彼は最初から私の未熟さも含めて、私を必要だと言ってくれていた。怖がるものなんて何もなかったんだ。

 これだけ身近で見てくれていた後輩が、努力の過程を認めてくれている。それだけで十分なように感じられた。

「……よくこんな先輩に惹かれたわね」

 気づけば、そんな言葉が零れていた。一ノ瀬くんは優しく笑う。

「出会った時から惹かれてましたから。僕の執着心、舐めないでくださいね」

 そして、少しだけ悪戯っぽく言った。
 笑う私を見て、彼も笑う。その空気が、どうしようもなく心地よかった。

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