優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 気がつけば、脱衣所の前だった。以前にも使わせてもらったそこには、やはり既視感があった。

「はい、どうぞ」

 扉を開け、入るように促される。

「…一ノ瀬くん?」
「僕は脱衣所の扉の前にいます。何かあったら、中から呼んでください」

 彼はさらりと言った。

「ここにいるの?」
「病人を放置するわけにもいかないでしょう。スマホ触ってるのでお気になさらず」

 当然のような顔だった。さっきまであんなことを言っていた人とは思えないほど、落ち着いている。危機感を持たせるための冗談だったのだろうか。いやでも、なら何で今?

「……」

 なんだか、こっちの方が意識してしまう。

「じゃあ、ゆっくり入ってきてください。勝手は分かりますよね?」

 その言葉に頷けば、彼は軽く手を振った。流れるままに扉を閉めるも、静かになった脱衣所で思わず顔を両手で覆ってしまう。

(……私、何考えてたの)

 さっきの会話を思い出して、耳まで熱くなる。口ではあんな風に怒られたけれど、

 それでも、ほんの少しだけ__
 あの提案に、まんざらでもないと思ってしまった自分がいた。

(…ほんと、何考えてるんだか)

 恥ずかしさを振り払うように首を振る。服を脱ぎ、浴室の扉を開けると、ふわりと温かい空気が流れてきた。

 湯気の立つ浴室。浴槽には、すでにお湯が張ってあった。先に全身を洗ってからお湯に足を入れると、じんわりと体の力が抜けていく。

 昨日から歪んでいた思考が、少しずつほどけていくような心地よさを感じる。

 脱衣所の向こうには、きっと彼がいる。
 そう思うと、また顔が熱くなりそうで。

 私はその気持ちをごまかすように、そっと湯船に肩まで浸かった。

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