優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 昨日も思ったが、一ノ瀬君の眼鏡姿が案外好きだ。オフ感というか、素を見ている感じというか。意外な一面を惜しげもなく晒されていると、自信過剰ながらに感じてしまう。

「……なんですか?」
「会社で眼鏡かけるのはやめてね」
「はい?」

 意味が分からないという顔をする彼を見つめる。一瞬迷ったが、

「…それ、私だけの特権にしたいから」
 
 視線を下げながら伝える。

 部屋に静寂が訪れる。さっさといじればいいのに、と思いながら顔を上げれば、一ノ瀬君は予想外な顔をしていた。
 顔のみならず、耳まで真っ赤にしている。隠すように口元を手で覆っているが、全く隠せていない。

「っ、まじで、僕がどんな思いで昨日の夜を乗り切ったと思ってんですか」

 睨まれながら壁際に追い詰められる。何のことか分からず、ひたすらに距離を取るように後退る。

「まあ、分かってませんよね。分かってたらこんな発言できませんからね」
「い、一ノ瀬くん…?」
「昨日の夜、全く寝れなかったんですからね。そのせいで、いつもなら先輩よりも早く起きれるのに寝坊かましますし」

 珍しく私よりも寝ていた理由はそれか、なんて、冷静な頭の一部で考える。そんなことよりも考えるべき事象は目の前にあるというのに。

「な、何か怒ってる…?」
「怒ってるか? ああ、それなら先輩の鈍感さに怒ってるかもしれませんね」

 足首を掴まれ、そのまま引き寄せられる。もちろん、力比べでは完敗である。
 彼は再度私のことを押し倒すと、それはそれは綺麗に笑った。

「いいですか。先輩は、あまりにも無自覚が過ぎます。振り回されるこっちの身にもなってください」
「無自覚…。え、なにが?」
「そういうところです」

 一ノ瀬君は私の手をシーツに縫い留めるように絡める。そこまでされて、ようやく自分が劣勢であることに気づく。

「あ、」
「ほら、こうされたらどうやって逃げるんですか?僕は先輩のことが恋愛的に好きなんですよ。想い人を組み敷いた先に待ってることなんて、さすがに想像つくでしょう?」

 思考が一瞬止まる。
 距離が近い。近すぎる。逃げ場なんて最初からなかったみたいに、視界いっぱいに彼の顔が広がっていた。

(やばい、これ、ほんとに__)

 心臓がうるさい。嫌でも自覚させられる状況に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。分かっていても、何も動けない。
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