優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 どれくらい眠っていたのかは分からない。浅い意識の底で、一定のリズムの音が遠くに聞こえていた気がする。それが現実のものだと気づいたのは、肩にそっと触れられた時だった。

「先輩、起きれますか」

 低くてやわらかい声がすぐ近くで落ちる。まぶたをゆっくりと持ち上げると、少しだけ心配そうに覗き込む一ノ瀬君の顔があった。ぼんやりとした視界の中で、その輪郭だけがやけにくっきりと浮かんで見える。

「…寝ちゃってた」

 自分でも分かるくらい、間の抜けた声が出た。

「そうですね。よく寝てました」

 ほんのわずかに口元を緩めながら言われて、少しだけ恥ずかしくなる。体を起こそうとすると、ブランケットが滑り落ちそうになって、慌てて掴んだ。

「大丈夫ですか。まだだるそうですけど」
「うん。でもさっきよりはマシ」

 正直に答えると、一ノ瀬君は小さく頷いた。

「無理はしないでください。夕飯はできてますが、食べれそうですか?」
「……なんか、いい匂いする」
「消化にいいものにしておきました」
「食べたい」

 そう言えば、さりげなく手を差し出される。一瞬迷ったけれど、そのまま借りるようにして立ち上がった。少しだけふらついた体を支えられて、距離の近さに遅れて気づく。

「うわっ」
「気を付けてください。ゆっくりでいいので」

 テーブルの上には、湯気の立つ料理が並んでいた。派手さはないけれど、どれもやさしい色合いで、見ているだけでほっとするようなものばかりだ。

「すご」

 思わず声が漏れる。

「大したものじゃないです」
「いや、十分すごいから。もっと誇っていいのよ」

 椅子に座りながら改めて見ると、雑炊のようなものと煮た野菜、それから温かいお茶まで用意されている。いかにも体調が悪い人用といった内容なのに、丁寧な仕上げで美味しそうに感じる。

「食べられそうですか」
「うん」

 そう答えると、一ノ瀬君は安心したように小さく息を吐いた。

「じゃあ、無理しない程度に食べましょうか。無理なら遠慮なく残してください」

 スプーンを手に取って、まずは雑炊を一口すくう。軽く息を吹きかけてから口に運んだ瞬間、思わず目を瞬いた。

「…おいしい」
「それならよかったです」

 素直にそう呟くと、向かいに座った一ノ瀬君がわずかに目を細める。味はとてもやさしくて、でもちゃんと出汁の旨味が感じられる。弱っている体にすっと入ってくるような、ちょうどいい温かさだった。
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