優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
「毎日全力でアピールしてるのに、あまりに鈍感な先輩に受け止めてもらえないんです。……切ないと思いません?」
わざとらしくジョッキを持ち上げ、肩を落としてみせる。その仕草は妙に板についていて、冗談と分かっていても妙な説得力があった。
一瞬、間が落ちる。そして、
「「「「「ああ……」」」」」
同情のため息が、ほぼ同時に漏れた。
「一ノ瀬くん、どんまい」
「こんなに有能なのに恋路は前途多難なんだね…」
「白石さんガード固すぎ!」
「一ノ瀬くんがあんなに真っ直ぐ来てるのに、ちょっとは優しくしてあげてくださいよ……」
いつの間にか、場の空気は完全に彼の味方になっていた。向けられる視線の温度が変わるのを、はっきりと感じる。
(い、いやいやいや! だって、え? ちょ、)
反論しようにも、完全に流れを持っていかれている。言葉が追いつかない。
その中心で、彼はどこまでも自然に笑っている。押しつけがましさのない柔らかな笑みで場の空気を受け止めてしまう。
「応援、よろしくお願いしますね」
健気な後輩を演じながら、周囲の心を確実に掴んでいく。その手際の良さに、思わず私は身を乗り出した。
「ちょっと、一ノ瀬くん!」
「はい?」
こちらに耳を傾けた彼に、声を潜めて囁く。
「……あんた、わざとでしょ」
「外堀を埋めておいて損はありませんから」
ほんの一瞬だけ視線が合う。その目に宿る光は、周囲に見せているものとはまるで違っていた。柔らかな仮面の奥にあるのは、迷いのない意志と確信をもって距離を詰めてくる強さ。
周囲から見れば、彼はただ健気に想い続ける後輩にしか見えないだろう。
けれど、ふとした拍子に触れる距離の近さや何気ない仕草に滲む温度は、それだけでは到底説明がつかない。気づけばじわじわと包囲されているような、そんな感覚が胸の奥に静かに広がっていくのだった。