アンコールはリビングで
2. 音楽を守るための「完璧」

風向きが変わったのは、社会人二年目を迎えようとしていた三月のことだ。

「早瀬、ちょっといいか」

部長に呼び出され、通されたのはガラス張りの会議室だった。
机の上に広げられたのは、都内の大規模商業施設「ガレリアプラザ」のリニューアル計画書。すでにプロジェクトは進行中で、社運を賭けた一大事業だ。

「このプロジェクト、全体のリニューアルは順調だが……『エリアブランディング』と『サイン計画』が難航している。従来のやり方じゃ、どうも若者や新規層に響かない」

部長は太い指で図面を叩き、じろりと俺を見た。

「そこでだ。お前にこのパートのリーダーを任せたい」

「……私が、ですか? まだ二年目にもなっていませんが」

「年次は関係ない。お前の入社以来のプレゼン資料、全部見せてもらったぞ。論理構成、視認性、そして何より『伝える』ための構成力がずば抜けている。頭の固いベテラン連中より、お前の感性で現場を回してみろ」

抜擢だった。
通常なら十年選手が任されるポジションだ。
断る理由はない。だが、同時に強烈なプレッシャーがのしかかる。

『音楽? 趣味でやる分には構わんが、それで学業や仕事がおろそかになるようなら、即刻辞めさせるからな』

実家の父の、厳格な声が脳裏をよぎる。
優秀な兄や姉。そして、「結果」こそがすべての早瀬家。

音楽なんていう、あやふやで、金にもならないものは、彼らにとっては道楽以下の「ノイズ」でしかない。
もし失敗すれば、「音楽なんてやってるからだ」と言われるだろう。

俺にとって仕事での成功は、出世欲のためではない。
「音楽を続けるための免罪符」なのだ。

誰にも文句を言わせない結果を出すこと。それが、俺がギターを握り続けるための唯一の条件だった。

< 123 / 341 >

この作品をシェア

pagetop